第4話 すべてはゲーム?

「外国人かどうか知らないし、『寝た』はアイディアという意味の『ネタ』かもしれないけれど、日本語にはなってる。暗号っぽいし。アルフもネタも符丁で、別の意味を持つのかもね」

「うーん。意味深な文ができたのには驚いたけどさあ。それだったら、苦労して十何冊もの本全部をひっくり返さなくてもいいと思う。阿馬だったら阿馬の一冊を逆向きにするだけで、充分よ」

「全然関係ない人が、故意か偶然かで、逆向きに本を戻すかもしれないじゃない。そういうのと区別できるように、まとめて逆向きにするの」

「じゃあ、何で『あ』が阿馬一吉なの? 最初に『あ』の付く作家は他にもいっぱいいるわ。他の字も同じ。まあ、『る』は少ないけどね」

「それは……」

 言葉に詰まった元村。食べ物はまだ残っているのに、男みたいな腕組みをして、天井を見上げる。だが、それは返事に窮したのではなく、口の中の物を喉に通して、すっきりするためだったらしい。目線を戻すと、元村はアイスティを口に含み、喉を鳴らした。

 そして言った。

「しいんたさつや」

「は?」

 突然の関西弁に、梶尾は頭では「死因他殺や」と理解しつつも、聞き返した。だいたい、どういう脈略でこんなフレーズが飛び出したのか、分からない。

 元村は作家七名の名前を記した紙を引き寄せ、とんとんとつつくと、得意そうに言った。

「作家の名字じゃなく、名前の最後の字を並べてごらんなさいな」

「え? ……し……い……ん……」

 後半は声にしなかった。元村の言う通り、「しいんたさつや」になる。あまりにもよくできているため、つい、笑い出しそうになった。

「名前の方でも文ができるなんて、すっごい偶然。でもさ、何で関西弁なのよ。標準語で『しいんはたさつ』にすればいいのに」

「適当な作家がいなかったのね、きっと」

 そう答えた元村も、この自説を信じていないようだ。残りのサンドイッチをぱくぱくと片付け始めた。

「この説の弱点は」

 パンを頬張ったまま、自説の否定に掛かる。

「ゼーダQ店の本を使って、秘密の暗号文を伝える必然性がまず思い付かないこと。それに一文字ずつ、というか二文字ずつなのかな、とにかく七日間に渡って文を伝える理由も分からない。その上、死因が他殺ってことを伝えても、中途半端もいいところ。死因は刺殺とか毒殺っていうんなら分かるけどね」

「暗号説ももういい。次は? あるの?」

「あるわよ。現時点ではこれが最後。名付けてゲーム説」

 サンドイッチをきれいに平らげ、手をはたいた元村。皿を脇に退けて、両肘をついた。

「夏と言えば、暇人が多く発生するシーズンよね」

「発生って……要するに、夏休みの小中高校生と大学生ってことでしょうが」

「そうそう。暇を持て余した人間の中には、こういうゲームを考える輩もいるかもしれないってことから発想したの。まず、その連中は七人組ね」

 七日間ということと関係があるのだろうと察した梶尾だが、話の腰を折るまいと、黙っておいた。

「彼らは本を反対向きに棚に入れて、どのくらいの間、店員に気付かれずにいるかを競うゲームをやっていたんじゃないかしら」

「……何のために」

「ゲームをするのに大した理由なんてないわ。裕美はどうしてオセロをする? どうしてトランプを? どうしてテレビゲームを? 暇つぶしをするのに面白いから、でいいのよ」

「まあ、そういうものかもしれないわね。お金はかからないし、見つかってもいたずらで済むし」

 妙に納得する梶尾。彼女は犯人像として、小学生のグループを思い描いたが、果たしてそんな子達が店にやって来ていただろうか……?

「七人揃って行動する必要はないわね」

 梶尾の心理を見透かした風に、元村が言った。

「その日、ゲームにトライするAと、判定役のB。最低二人で店に行けば成り立つ。Aは本を見つからないように、こっそりとひっくり返す。Bは店内を適当にうろつきながら、店員が気付くまでの時間を計る」

「本当に暇でないと、できないゲームだわ」

 呆れ気味に感想を漏らす梶尾。

「だって、店員が気付くのがいつになるか、予測できないのよね? 下手をしたら、閉店までずっといなくちゃならなくなる」

「さすがに、裕美もあなたの同僚も、そこまで間抜けじゃないでしょうが。せいぜい三時間ぐらいで気付くはず」

 元村の言いように、梶尾はむっとした。どちらに転んでも、貶されたことになるので、反駁はしなかったが。

 代わりに、いくつかある疑問をぶつけてみることにする。

「ゲームなら、公平でなくちゃいけないわよね。七人が七人とも、同じ作家を同じ冊数だけひっくり返すのが公平じゃない? 冊数は同じだったかもしれないけれど、作家は明らかに異なってるわ」

「物事は多面的に見なくちゃだめ。公平を唱えるのなら、初日にトライする人が一番有利じゃない?」

「ああ、そうね」

「私が思うに、作家と冊数は、トライする人が自分で決めたのよ。そして冊数に応じて、ポイントを付けるルールを作ったんじゃないかなあ」

「ルール……」

「そう。たとえばね、十七冊を反対向きにして一時間保てば、その人の得点は17×60=1020になる。四冊を反対向きにして、六時間ばれなかったなら、4×360=1440点を獲得。あとは何日目にトライしたかによって、ボーナス点を割り振る。どう?」

「公平に近付く感じ。それ以上に、ゲーム性が上がって、面白いかも」

「説としてはどうなのかな? 面白くない?」

 さりげない調子だが、力のこもっているのが分かる口ぶりだ。元村にしては、ここが肝心だとばかり、息を飲んで答を待つ様子がありありと分かる。

「うーん、まあね、面白い。三つの中では一番理屈が通っているし。証拠がないのが玉に瑕って感じ」

「てことは、おごった分ぐらいは、これで返したことになると。なるわよね? ならないはずがない」

「変な英訳文みたいな日本語を使わないでよ。はいはい、心配しなくても、これでいいわ。ぐっすり眠れそうだから」

 梶尾が認めると、元村はようやく安心できたという風に、息を深くついた。「いやあ、おいしかった。ごちそうさま。余は満足じゃ。殺人事件でもあったときは、イタリアンレストランで引き受けるから、またよろしく」

「殺人事件が起きて、謎解きを愛子に頼もうとは思わないよ」

 呆れた梶尾だったが、悩みの種だった謎が一応ではあるが氷解し、感謝しているのも事実である。おかげで今夜はよく眠れそう……と改めて思っただけで、欠伸が出そうになった。

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