奇妙な本屋
国城 花
奇妙な本屋
「知ってる?あの噂」
「何の噂?」
「奇妙な本屋の噂」
ふと聞こえた言葉に足を止めてみると、廊下の隅で女子生徒が2人で体を寄せ合って小声で会話をしている。
コソコソ話というのは意外と他人にも聞こえているということを、この2人は知らないらしい。
2人には気付かれないように死角の位置に立つと、そのコソコソ話に耳を傾ける。
「奇妙な本屋って?」
「隣町に小さな本屋があるんだけど、行くと不気味なことが起こるらしいよ」
「不気味なことって?」
「昼間に行ったのに、帰る時は夜中になってたんだって」
「本に夢中になってたんでしょ」
聞き手の女子生徒は現実主義なのか、少し呆れた声を出す。
しかしそれにはめげず、もう1人の女子生徒は話を続ける。
「その本屋にもう1回行こうとしても、絶対にたどり着けないんだって」
「方向音痴だね」
「店主の顔も思い出せないんだよ」
「一度会っただけの人の顔を覚えてられる人の方が珍しくない?」
少しも怖がることのない友人に、本屋の話をしていた女子生徒は不満げな声をもらす。
「もう少し怖がってもいいじゃん」
「怪談話を持ってくるなら、もうちょっと出来のいいのを持ってきて」
「でも本当に、クラスメイトの男子がそう言って―--」
女子生徒の少し大きくなった声を遮るように、予鈴のチャイムが鳴る。
2人の会話はそこで終わったようで、教室に戻ろうとしている。
『奇妙な本屋か』
本屋好きであり、怪談好きでもある自分にとってはそそられる話である。
『今日の放課後に、行ってみよう』
その後、教室に戻ろうとしていた女子生徒に声をかけて奇妙な本屋の場所を教えてもらった。
「駅前を左に進んで、喫茶店の角を左に曲がる。電柱を9本分進んで、右側にある小さい路地に入る」
女子生徒から教えてもらった道順通りに進むと、小さな路地の先に確かに本屋があった。
2階建ての小さな本屋は、ビル街の中にひっそりと建っていた。
両側を高いビルに挟まれているせいか日が差し込みづらく、昼間なのに薄暗い。
「日…口…本屋?」
看板がボロボロすぎて、店の名前が読めない。
「開店中」という札がかかっている扉を開けると、少し埃っぽい空気が鼻に届く。
狭い店内には本棚が所せましと置かれており、本がぎっしりと並べられている。
店内にはゆったりと音楽がかかっており、雰囲気は悪くない。
「いらっしゃい」
店主らしき女の人が、軽く会釈してくる。
しかしすぐに店の奥に行ってしまったので、顔はあまり見えなかった。
店の人に見られていると落ち着いて本を物色できないので、1人の空間になって少し嬉しい。
漫画やライトノベルは置いていないらしく、少し黄ばんだ背表紙が並んでいる。
題名だけ知っている古い小説や、何語で書かれているのか分からない専門書のようなものもある。
駅前にあるような大型書店も便利だが、こういった独特の雰囲気がある小さな本屋も好きだ。
自分だけが知る、隠れ家に来ているような気分になる。
少し気になった小説を手にとり、試し読みをしてみる。
最近の本屋のようにビニールで包まれていないので、気軽に立ち読みができるのも良いところだ。
そのまま、気になる本をいくつか手にとって立ち読みしていった。
「あれ?」
ふと気付くと、窓の外が真っ暗になっている。
腕時計で時間を確認すると、夜の10時だった。
「やばっ…」
本を読むことに熱中しすぎて、時間を忘れてしまったらしい。
急いで本を本棚に戻す。
長時間立ち読みして何も買わないことに申し訳なさを覚えるが、今は急いで家に帰らなければならない。
「すみません。お邪魔しました」
店の奥に声をかけながら、扉に手をかける。
カランカランと、鈴の音が鳴る。
「毎度あり」
扉がバタンと閉まる直前、店の奥からそんな言葉が聞こえた気がした。
『…毎度あり?』
自分は何も買っていないのに、どうして「毎度あり」なのだろうか。
しかしそんな疑問も、夜空に浮かぶ月を見て流れていく。
「早く帰らないと」
小さな路地を出て、駅前まで後ろを見ずに走った。
電車に乗ったところで、やっと安心して息をつく。
『また明日行こうかな』
そう考えた時、頭にもやがかかる。
『…どうやって行くんだっけ?』
今日行ったばかりの場所なのに、あの本屋に行く道順が思い出せない。
それどころか、ちらりと見た店主の顔も思い出せない。
自分はこんなに記憶が悪かっただろうかと、不思議な気持ちになる。
『まぁ、またあの女の子に教えてもらえばいいか』
しかし何故か、その女の子の顔と名前も思い出せないのだった。
「昼の3時に来て、10時だから…7時間か。今日の客は、支払いがいいね」
くつくつと、店主は上機嫌に笑う。
「本屋に来て本を読んだのだから、支払いはしてもらわないとね」
「人というのは、こうも簡単に釣れるのね」
店主の後ろから、もう1人現れる。
「学校というのは、いい場所だわ」
「ただ噂話をしただけで、客が舞い込むのだからな」
店主はふと、店のボロボロの看板を思い出す。
「そろそろ、看板を新しくした方がいいかね」
「そのままの方がいいでしょう。その方が、よく客が入るわ」
「確かに」
店の名前を知れば、尻込みして入ってこない人間もいるだろう。
「あぁ、また客が来たね」
狭い路地に、人影が見える。
2人は、ふふっと笑みを浮かべる。
「ようこそ。
奇妙な本屋 国城 花 @kunishiro
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