リアルな自伝

砂漠の使徒

――書店

 僕がここの存在を知ったのはいつだったか。

 数十年前、駆け出しの小説家だったとき。

 大手出版社から声がかかり見事書籍化は果たしたものの、次なるヒット作に悩んでいた。

 そんなとき、いつの間にか迷い込んだ路地でこの本屋を見つけた。


「……」


 古びた木の看板が入口に掲げられている。

 書かれている文字は、劣化で読めない。

 おそらく店名が記載されていたのだろう。


「……」


 中に入ると、本棚が所狭しと並んでいる。

 あまりに隙間がないので、体を小さくしなければ通路を通ることもままならない。

 しかし、店はかなり広い。

 狭い路地に構えているのに、大通りのビルほどの広い空間。

 二階や地下にも、同じく本棚がびっしり並べられている。


「……」


 この本屋で特徴的なところは、売られている本のそのどれもが自伝である。

 さらに、ほとんどが聞いたこともない人物の。


「……」


 立ち読みは許されない、マナー的にね。

 だから、もちろん僕は本のタイトルだけを見て買うかどうかを決める。

 だが、それが難しい。

 なにしろ、僕はその人物についてなにも知らないから。


「……」


 名前だけで、なにをした人かわかるケースなんて本当にまれだ。

 僕然り、世の中の一般人は名前だけを教えられても相手がどんな人か想像できない場合がほとんどだろう。

 それゆえ、面白い。

 ただの人間に思えるこの人は、人生でなにをなしたのか。

 歴史の教科書には載っていずとも、長い人類史になにを残したのか。

 自伝にはそれがこと細かに書かれている。


「……」


 人助けをした……とか好きだ。

 普段はなかなか周りの役に立てないが、人生で一度だけ誰かの役に立ったとか。

 そういう描写は、読んでいて楽しい。


「……」


 とにかく、自伝からはいろいろなものが得られた。

 なにせ、僕は自伝を通して誰かの人生を追体験したわけだから。

 小説の参考にも大いになった。

 おかげで、今では人気作家だ。

 僕の小説の登場人物はまるで生きているかのようだと言われている。


「……僕も、書こうかな」


 まだ自伝を書く歳ではないかとも思ったが、書けるうちに書いてみたくもあった。

 そして、可能ならここに一冊寄贈し……。


「それならば、ワシがお手伝いしましょうかの?」


「え?」


 ぬっと音もなく僕の後ろに立ったのは、店主だ。

 いつも無口で、口を開いたところを見たことがない。


「お手伝い……というのは?」


 これだけの自伝を集めているのだ。

 なにか自伝の書き方のコツでも知っているのかも。


「そこの椅子に腰かけて、目をつむってください」


「……はい」


 少し疑問に思いながらも、言われるままに椅子に座った。

 木の椅子がぎしりと音を立てる。

 目をつむると、僕の意識は次第に真っ暗になり……。


――――――――――


「また一冊……と」


 この日。

 新たな自伝が入荷した。

 若くして小説家デビューし、次々とヒット作を生み出した一人の男の自伝だ。

 彼の小説は、とてもリアリティーがあることで評判だった。


(了)

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リアルな自伝 砂漠の使徒 @461kuma

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