【あの日から今】


大川音々


彼女を一言だけで

説明するならば《《別の世界に暮らす人間》だと思っていた。

まだ、異形病も流行っていない頃 私と大川音々こと

おねちゃんは

よく一緒になって遊ぶいわゆる幼馴染だった。

一つ年が私より上だった事もありおねちゃんと

呼んでいた記憶がある。

おねちゃんとは当時住んでいた団地近くの公園で、

よく遊んだりしていて

向こうは、どう思っていたかわからないが

私は勝手に友達でありおねえちゃんと思っていた。


私以外にもたくさんの同級生 大人から好かれていたし

それが羨ましくもあり、憧れでもあった。

そして、こんな気持ちを抱えたまま

ぼんやりと大きくなっていくのかなと

思っていた。


あの事が起こるまでは だ。

それは、おねちゃんの親の逮捕だ。

なんとなくその頃から、少しだけ距離を取っていたのもあってか

あっという間におねちゃんは私の前から姿を消す事になった。

その数日後 両親に駅のホームで突き飛ばされ

おねちゃんは重症を負ったと家族から聞かされた。

その話を最後に、ピタリと話題は止み

日常にゆるりと戻っていった。


が、まさか今

この管理区域で出会うとは

思わなかったし、それは向こうも

同じ気持ちなのだろう。

お互い指を指しぽかんと口を開けていた。

「えっ?なんだいなんだい?

知り合いだったのかい二人とも」


そう言いながらまきさんは私たち二人を

不思議そうに見る。

「えっちょ待って待って!

あんた…ほんまにあのゆーちんなん?」

「まぁうんっ・・」

おねちゃんは、目をぱちくりさせながら改めて

私を見る。

「こんな大きくなってっ・・!!」

「わっ!!」

少し涙を潤ませそう言いながら、おねちゃんはがばっと抱きついてきた。

私はそれに驚いてよろめきそうに

なりながらもなんとか体制を留まらせ

おねちゃんを抱き返す。

体に義手や義体特有の

ズシッとした重い感触が

かかってくる。

なんとも言えない

気持ちになりながら

私は背中を撫でた。


「うんうん なんかよくわからないけど良かったねぇ‥」

横を見るとまきさんも涙目になりながら頷いていたが、

ポケットから端末を見て何か用事を

思い出したらしく

さっきと打って変わって

少し申し訳なさそうな声で言う。


「ってあっ‥感動の再会中ね 悪いんだけどさ」


「そろそろ歓迎会の準備が出来たらしいんだけどさ

私はちょいと急ぎの連絡が入っちまったから

音々!

悪いけどそのままゆえんちゃんを

会場まで連れてっておいてくれないかい?」


「あいよぉ!!ウチもここの事案内したかったしちょうどええわ!」


「そうかいありがとね!それじゃよろしく!」


そう言い残すとまきさんは、端末片手にせわしなく手をふりながら

出ていき、裏庭には二人だけになった。

「それじゃ行こか!」

おねちゃんは、そう言いながらさっき

まきさんと通ってきたとは別の扉を指さす。

「荷物重いやろ~持つで!」

「あっありがと…」

久々のテンション高めの幼なじみに

私は若干戸惑いながら付いていく。

裏庭に設置されてから

大分年月が経っているらしき白い扉を

おねちゃんはなんもなしあける

中には、一面コンクリートで作られた

連絡通路らしきものが広がっていた。


「足元きぃーつけてな!ここ暗いから

マジ転びそうになるし」

そう言いながら、おねちゃんは


ぽつりぽつりと設置された

蛍光灯でぼんやりと照らされた通路を

臆する事なくスタスタと歩いていき

廊下には、二人分の足音と

私のキャリーバックのキャスターがゴロゴロと響いていた。

「そんな顔しなくても

みんな気のいい人らばかりだし 安心し~!」

私の不安な気持ちが いつの間にか顔に出ていたらしく

おねちゃんは、振り向きざまに笑いながら言う。

その瞬間、不安な気持ちがようやく消えていた。

そうだ。あの時いつも彼女が帰り際見せていた笑顔が

今目の前にあったのだ。

「うん・・ありがとうおねちゃん」

私は、少し恥ずかしい気持ちと的を外してしまったらどうしようと

不安を混じりにつぶやき、笑顔を見せる。

「おっ!そうそれ!ゆーちんはその笑顔が一番やって!」

そう言いながらおねちゃんはぐっと親指を立てて

満足げに頷く。

そんな事を話していたら、いつの間にか突き当りの

扉の前に来ていた。扉には目印のつもりか

大きく赤いペンキで

「語らう場所ここはマジでいい所」 とでかでかと書かれていた。

「どやっ!! これウチが書いたんやで~いいリリックやろ!」


突然のストリートアートの登場に

ぽかんとしている私の前でおねちゃんは、胸をふんすっ!と張り

誇らしげな表情で言う。


「もしかして‥街のいたる所にあったペンキで描いてあったのも おねちゃんが?」


「せやで!!ウチ今ラッパーやってん!」

都市中に書き散らかされた

言葉とラップが関係あるのかは

私には到底分からないが 


「え!!そうなの?すごい!」


「へっへ~ん!もっと褒めてぇやぁマジ嬉しいし~!

それになここは、うち以上に

おもろい人も多いからさゆーちんもきっと

馴染めると思うで! おーいみんな連れてきたでぇ~」


「あっ‥ちょそれとは別でまだ心の準備がっ」


私がそう言った時には、もう遅く

おねちゃんは金属製の扉を開け中に入っていく。


「ううっ‥お邪魔しまぁす‥」


私もおそるおそると

おねちゃんに続き部屋の中に入っていく。

ここまでが、もう使われてはいない

工場的な雰囲気だったのもあってか

中もそうゆう感じなのかと勝手に

思っていたが、そこは違っていった。

リビングルームなのか年季の入ったフローリングに

大きめの机が置かれており

卓上には、

缶ビールやつまみそしてコンビニで売られている総菜

が多く置かれている。

もうテーブルを囲むようにもう何人か人が集まってきていた。


「おっ音々横の子って 今日からの子?」


「せやでぇ!ほらっゆーちん」


「ども‥蛍火所縁って言いますっよろしくお願いします」


「よろしくねぇい

俺は離祭隆二っていいま~す 

アーティストやってんのよ!あっこれ名刺ね」


入ってきた私たちに気づいて最初に

話しかけてきた

ここの住民の一人らしきその

赤毛のパーマがかった髪に丸い色付き眼鏡をした

ぱっと見胡散臭い風貌の男の人は軽い調子で言い

へらッとした笑顔を浮かべながら

私に名刺を差し出す。名刺には 【アーティストkesera  連絡してきてねん】

の文字と一緒にメールアドレスが書かれていた。


「あっありがとうござますっ」


緊張なのか久々にこういう人を見たからなのか

若干言葉遣いが変になるのを感じながら

名刺を受け取る。

「もうちょいで全員揃うみたいだし 座っちゃったら?」

「せやねっゆーちんじゃここ座って~」

「わかったっ」

そして流されるがまま

おねちゃんに進められ右側の席に座る。

そこには薄目の座布団が置かれていたが

座ってみると生地が薄すぎてわりと痛く感じる。

(しかしこうやって見てみると…すごいなぁ)


改めて部屋を見渡してみると

奥に台所らしきものがあり左側の奥や後ろには

棚な雑多な楽器らしきものが鎮座していた。

壁には、ポスターらしきものをはがした跡が

ぽつぽつとあり

それがなんだが、老舗食堂の休憩室みたいな雰囲気を

部屋全体で醸し出していた。

一通り見渡し終わり、目線を目の前に戻す。

同時に、隆二さんとさっきまで喋っていたおねちゃんが

目の前に座ってくる。このタイミングで

一つ疑問を投げかけてみる事にした。

「あっあのさ‥おねちゃん」

「ん?どないしたん?」

「あの子 なんでお面つけてるの…?」

私はそう言いながら目線を疑問の対象に移す。

その先には、おねちゃんの隣に座って

イヤホンをつけ真剣そうに

ひたすら端末で作業をしている

般若のお面をつけた地雷系女子がいた。

「ああ~ せやせや紹介し忘れてたわ

おーい えみるん?」

私の表情からさらに察したのか

おねちゃんは、その地雷系少女の肩を

義手のほうでコンコンとつつきながら呼びかける。

「…はいっ?どうしたんすか?」


それにさすがに気づいたツインテ地雷般若少女はイヤホンを

外しておねちゃんのほうに向き顔を傾けながら言う。


「ごめんなぁ作業しとる所! 今日新しい子来るって言ってたじゃん?

ほらっゆーちん」


「蛍火所縁って言いますっよろしくお願いします!」

「あっどもす それじゃあ‥」


そう言いながら、少し咳払いをして立つと

すぐさま


「はいっ!どもどもども~!

貴方の心のダァァァァァァクエンジェェル!!!!!!!

斎藤えみるんでっっす!!イェイっ!」と

さっきのダウナー風の低い声から打って変わって

テンション共に声高々にくるりと回ってダブルピースサインをした。

  

  そしてそのまま部屋に静寂が訪れる。


そして私は、そのまま立ち尽くす

地雷般若仮面少女こと

えみるんの顔?というか耳がみるみると赤くなっていくのを

見ていた。

「ああ~~!!ほらっやっぱり滑った!

恥ずかしぃ!いやっ自分がやってなんなんすけど

マジで恥ずかしいんすよ!これ

でもでも!久々初見さん来るって聞いたから

嬉しくなって うう‥‥」

えみるんは早口で言いながら

しゃがみこんで恥ずかしさからかふるふる悶えだす。

「だっ大丈夫!気持ち伝わったよありがとう!」

勇気を振り絞りながら、私はえみるんを

フォローする。

「ほっ本当すか…?」

ちらっと自信なさげに見るえみるんに

私はぶんぶんと首を縦にふる。

「はぁぁぁぁならよかったっす‥

てかなんか自分だけいろいろ

空回ってすいませんっす」

大きく安堵の

ため息をつきながらえみるんちゃんは、笑顔を見せた。

「改めて斎藤えみるんって言うっす よろしくっす所縁さん」

「あっ こちらこそよろしくねっ」

えみるんちゃんは、そう言いながら

なんだか爽やかな笑みを

浮かべて私に手を差し出し

私も手を差し出して握手をする。

そしてその瞬間

バタンとドアが開き

「おっもう仲良くなったのかい?よかったよかった!」

そう快活な笑みを浮かべながら

まきさんは、車いすに乗ってる黒髪の女性を介護し

ゆっくり席に座らせると

待ちきれないとばかりに中央の席に

ビールを取りながら向かって座る。

後ろからてこてこと

タトゥーバリバリのツインテ女性が着いていく。

(個性が強い人しかいない…なにこれ)

そんな一つの不安を覚えながらふと気が付くと

おねちゃんやコーシさんもビールをもって準備をしていた。


(てかっえみるんちゃんさらっと持ってるけど

未成年じゃ‥)


「ほら!ゆーちんも持って持って!!」

「えっえっえっ!?」

おねちゃんに急かされながら

とりあえず目の前に一本だけ缶のお茶が

あったためそれを手にとりあげてみる。

「それじゃぁ…ゆえんちゃんの初入居を

祝してせぇ~の」


「「「「「乾杯!!!!」」」」」」

カシャンカンッカンッと音が部屋に鳴り響く。

こうしてまだまだ何があるかわからない歓迎会が

スタートしたのだった。







 














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