異世界に本屋があったらどんな感じだろう

玄栖佳純

異世界の本屋

 目が覚めると異世界にいた。

 異世界にいたというのもおかしい。


 ボクはいつも通り、目が覚めた。

 すると、生まれる前のボク、つまり前世の自分が「おまえは異世界転生をしているのだ」と言ってきた。姿が見えるわけではなく、直接頭にメッセージが伝わってくる。


 時空を超えてメッセージを伝えてきたらしい。

 何かわけのわからない怨霊とかモンスターとか、ボクが想像することもできないようなヘンな物がボクを騙そうとしているのかもしれないとも思ったが、なじみのある感じだった。前世の自分からのメッセージなのだから、なじみがあって当たり前なのかもしれない。


 疑うのも面倒くさかったので信じることにしたら、「本屋に行け」と言われた。

「どうして?」と聞いたら、「本屋がお題だから、本屋があるなら本屋に行け」と言ってきた。


「お題って何?」

「おまえは知らなくていい」と言われた。


 カチンときた。いくら前世の自分だったとしても偉そうに言う必要はない。それにさっきから『おまえ』と言われていい気はしない。なんてガラの悪い奴だと思ったが、自分だったので言い返せば結局は自分に返ってきてしまう。過去の自分はなんて品がなかったのだろう。


 前世の記憶はほとんどなかったが、おそらくそういうことを言うような環境にいたのだろう。そうだったような気もする。ちょっと反省した。

 来世の自分ががっかりしないように、現世の自分はもっとちゃんとしようと思った。


「早く行け」と言われたが、

「支度ができていない」と伝える。起きたばかりで行けるわけがない。それにまだ本屋も開店していない。それを伝えると前世の自分は納得したようで黙った。


 作るのも面倒だったので、オートミールにバナナとジャムを入れてミルクをかけるだけの簡単な朝食にした。がっつり作って前世の自分を待たせるのも悪いしそれはそれで面倒くさい。


 腹を満たして室内着から外出用に着替える。大した変化はないが、ジャケットを着て防寒は良くする。マフラーと手袋も着用した。

 歩いて行けば、ちょうど本屋が開く頃だ。


 前世の自分が何をしようとしているのかわからなかったけれど、最寄の本屋にした。最近は本屋もめっきり減ってしまった。欲しい本は注文すれば届く。ポンポンポンと選ぶだけであっという間に配達される。


 でも、やっぱりふらっと本屋に寄って、何気なく手にする本との出会いは大切にしたい。あれは未知との遭遇と言ってもよい。本棚に並んで、読者が行って手にするのを待っているような奥ゆかしさすらある。奥ゆかしさなのだよ、奥ゆかしさ。

 魔法のようにポンと現れられたら、その感動がない。なんと言えばよいのかない。


 そして本屋に着いた。

「着いたぞ」

 声を出さずに念じる。先ほどからそれで意思疎通ができていたからだ。

 話し相手もいないのにしゃべっていたら恥ずかしい。そういう人も最近はみかけるが、はっきり言って不気味だ。そんな他人を批判するようなことを言ってはいけないのかもしれないが、ふつうに不気味。


「どこに?」

 愉快ではない返事だった。

「本屋」

 誰のためにここまで来たと思っているんだ?

 ついでに毎月買っている月刊誌が出ている頃だったから、雑誌のコーナーに向かう。


「ああ、そうか。そうだったな」

 焦っているように聞こえた。取り込み中に話しかけてしまったのか? 声しか聞けないから、相手の様子がわからない。

 だから雑誌を探した。話しかける以外にこちらからできることはない。だからいつも通りにしていた。いつも行っている場所だったからすぐに見つけて一番上ではない雑誌を手にする。自分で買うのだから誰かが手にしてよれよれしているのは嫌だ。


「異世界の本屋はどんな感じだ?」

 前世の自分が早口に聞いてきた。

「どんなって、本がいっぱいある」

 小さいながらも数個並んだ棚に本がびっしりと詰まっている。

「本屋だもんな」

「本屋だし」


「他にもっと変わったことはないか?」

 そう聞いてきた。本屋に本があるのは当たり前だから、それ以外のことを言えばいいのか?

「最近、レジがキャッシュレスになった」

 セルフレジに並びながら念じる。


「レジ? きゃ……なに?」

 さすがに前世の自分にはわからないようだ。

「現金で支払わないんだよ」

 自分の番になったから、セルフレジに雑誌についていたバーコードを読ませて支払い画面になったからスマホを取り出してアプリを起動する。

 遊び心がある電子音で支払いが終わる。


「どういうことだ? 異世界では金を使わないのか?」

 なんか、すごくバラ色な世界を想像しているような気がする。

「いいや。金が物ではなくて、データになったんだよ。金がないと買い物はできない」


「……よくわからん」

「異世界転生すればわかると思う。そんなに難しくはないから」

「縁起悪いことを言うな」

「そう?」

「俺が死ぬってことだろう?」

「そうなるのか?」

 まだ生きている前世の自分にとって、転生するということは縁起が悪いことらしい。ボクはそうでもない。


「ところでそっちは何してるんだ?」

 さっきからメッセージが途切れ途切れなのが気になっていた。

「ドラゴンと戦っている」


 しばし思考が固まった。

 ドラゴンって、実在したっけ?


「勝てそう?」

 適当に合わせることにした。

「勝てそうではない。勝つのだ!」

 やけくそのように前世のボクは言った。


「がんばれ」

 一応、そう念じてみた。

「言われなくても!」

 そして通信は途切れた。


 ボクの前世は異世界にいたようだ。

 なるほど。あっちからすれば、こっちは異世界になる。


 どうりで異世界転生が嫌いなはずだ。死ぬような目に遭った場所は、あまり良い感情は持てない。

「ドラゴンに、勝てたのかな?」

 前世のことらしいが、ボクは覚えていない。


 平和な異世界に生まれることができて良かった。

 でも、前世の自分は、なんで本屋のことを聞いてきたのだろう。

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異世界に本屋があったらどんな感じだろう 玄栖佳純 @casumi_cross

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