馴染んだところ

白部令士

馴染んだところ

 自転車で気軽に行ける距離に本屋が三軒ある。潰れると困るし寂しいので、順番に利用することにしている。日曜日。白い息を吐きながら、今日は戸次べっき書店に向かった。


 小学校側にある戸次書店。駐輪場なんてものはないから、適当に乗り付ける。高校生の頃から使っている黄ママチャリだ。

「おいちゃん、来たで」

 手動の引き戸を開ける。

「おう、そうちゃん。いらっしゃい」

 白髪を短く刈り込んだおいちゃんが、ストーブから顔を上げた。朝に一杯ひっかけた顔だ。ストーブの上には、やかん。嗅いでみるが、これは普通に湯を沸かしているだけ。

 セーフだな。


「甘いのあるで」

 おいちゃんに黒糖飴を貰う。礼を言って、少し近況を話す。成人してからも、ここに本を買いに来る者は少数派とのことだ。

 小学生の頃の僕は、どんなに流行っても漫画雑誌を買わない子だった。友達の尻に付いて店に入ってくるだけの子。それでもたまに飴玉を貰うので、年に一冊二冊は婆ちゃんに連れてきてもらって本を買っていた。中学生になってからは小遣いの範囲で一人で買っていた。どうしてだか、友達と一緒の時は見てるだけで、一人の時に買っていた。高校生の頃になると、友達とここに来るなんてことはもうなかった。小学生中学生の頃の友達とは高校が違っていたから会うこともなかったし、高校で出来た友達とわざわざ僕の家の近くの本屋に行くなんてこともない。


「いつもありがとう」

 代金を払って、おいちゃんから雑誌を受け取った。漫画雑誌ではなく、季刊の少女向け文芸誌だ。文庫サイズになった漫画本を買うようにはなったものの、漫画雑誌を自分で買う習慣は身につかなかった。理髪店に置いてあれば読むことはある、という感じかな。

 どうしてだろう。気になったものは読んでみる質なのだけど。

「また来てなぁ」

「じゃぁ、また。また来るで」

 おいちゃんと笑みをぶつけ、戸次書店を後にした。

               (おわり)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馴染んだところ 白部令士 @rei55panta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説