只今本屋を侵略中
秋乃晃
到着後
安藤モアは宇宙人である。本名はアンゴルモアという。ノストラダムスの大予言に記されたあのアンゴルモアと同一の存在らしい。
俺の祖母――おばあさまの奇跡的な聞き間違いにより、今風の日本人っぽい名前となった。本人(人?)も気に入っている様子だから、俺も「モア」と呼びかけている。
今日は急に「本屋に行くぞ!」と言い出したので、上野駅の本屋に来た。本屋ならどこでもいいらしい。お目当ての本があるってわけじゃあなくて、本がたくさん売られている場所に行きたいんだってさ。
「おおおお!」
入店するなり、モアは感激している。一部の客がこちらをぎょっとした目で見てきた。うちの宇宙人が驚かせてしまって申し訳ない。
「モアの『ものすごく遠い星』にはないの? 本屋」
「ないぞ!」
「……もうちょい静かにできない?」
モアも周りの視線に気付いたようで「わかった」と音量を下げる。
こういうのって下げすぎても相手は聞き取りづらいから難しいよな。
「紙と筆記具はあるが、それらは他の星を侵略した際に手に入れたものだ」
地球以外に製紙したり鉛筆を作ったりしている星があることにびっくりするよ。鉛筆じゃなくて羽ペンみたいなものかな?
「印刷や製本といった技術は、地球が最も進んでいるな」
モアは新刊コーナーから可愛い女の子のイラストが描かれた文庫本を手に取ってしげしげと見つめる。なろう系だとか、ライトノベルだとか、そういったジャンルに分類される小説だ。俺は好んでは読まないけど。おそらくモアはイラストで気になったんだろ。
著者名は
「これはマンガか?」
「中身は文字だよ。挿絵はあるけど」
俺が答えてやると「文字ならいいや」と言って元の位置に戻してしまった。
「本屋に何しに来たのさ」
どっちかっていうとイラストよりは文字の多い本ばっかりだろ……写真集の棚にでも行けばいいのか?
俺の言い方が悪かったのか、モアはちょっとムッとした表情で「目的がないと入っちゃいけない店なのか?」と聞いてくる。そういうわけじゃあねェけど。多分、待ち合わせで早く着きすぎちゃって時間を潰すためにフラフラしている人もいるだろうし。
「弐瓶教授の本でも探そうか」
俺はそそくさと検索機に向かう。弐瓶教授とは、何を研究しているんだかさっぱりわからない教授だ。全体的にショートボブだけど前髪だけ水色に染めていて、チワワみたいな潤んだ瞳が特徴の低身長巨乳。
モアは弐瓶教授の論文だか著作だかを読み、弐瓶教授に会いたがっていた。偶然にも俺の研究室の
「ユニの本!」
フルネームでは
検索結果が出た。モアが以前読んだと話していた『ドーナツの穴は無限の未来に繋がっている』の他には、共著という形で三冊ぐらい引っかかっている。何もしてないように見えても実は働いているらしいな。タイトルだけだと何の本なのかさっぱりわからないけど。
「我も本を出したいな……」
「いいんじゃない?」
本物の宇宙人の書いた本、ウケそう。地球と『ものすごく遠い星』とでは文化が違うし。そもそも貨幣経済じゃあなくて物々交換らしいからな。
でも、本まで出しちゃうといよいよ侵略する気がないって〝恐怖の大王〟にバレそう。
只今本屋を侵略中 秋乃晃 @EM_Akino
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