或る日、或る本屋の店先で

大黒天半太

或る日、或る本屋の店先で

 学校帰り、仕事帰りに、ふらりと立ち寄った、いつもの本屋。その目的が、はっきりとあるわけではない、まるで日常の、当たり前のような行動。


 たくさんの本に、周囲を囲まれることに、ただなんとなく、安心感や期待感を感じて、それが毎日のことであればよい、と思うようになったのは、いくつの頃だっただろうか。


 大量に発行される、どこにでもありそうな本や雑誌と違って、人伝の噂や、手間のかかる予約や、時間のかかる取り寄せや、何かの偶然に頼らなければ、出会えない本や記事がある。


 図書館や、検索サイトや、古書店では、大量の有象無象の出版情報に紛れて、見つからない、出回らない、そんなシロモノ。


 それが、私を待っている『唯一無二の本』との出会い。


 その一冊は、手に取った私に、何を語るのだろう。

 舞台は過去か、それとも未来か。この世界の出来事なのか、異世界での物語なのか。もう書かれているのか、これから誰かが書くのか。

 ただ、それが、私を引き付けて止まない魅力に満ちているのだけは、確信できる。本屋に向かう、私の足どりが教えてくれるから。


 誰が書いたのか、どこの版元が出版したのかも、詳しくはわからない。だけど、必ず、出会えるから。その一冊と、出会うために、今日も当てもなく、さすらう。

 それが、その一冊が、自分に読まれ、自分に買われるのを、どこかで必ず待っている、と信じて。


 本屋は、図書館は、古書店は、広大な本の森で、私のただ一冊の本は、その中に隠れている。私が、その一冊を探し当てるのを待ちながら。


 いや、むしろ、どこかで必ず出会える、と確信しているのだ。

 何の根拠もなく、いつかは出会える、その時が来れば見逃さない、と疑いもせずに。


 だから、迷わない。

 これは、違う。

 これは、そうだ。

 たくさんの本の中から、一冊を選ぶことに、ためらいはない。


 その、ただ一冊の本は、私に選ばれることを待っているから。



 

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或る日、或る本屋の店先で 大黒天半太 @count_otacken

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