呪いの本屋

惟風

呪いの本屋

 実家の近くの寂れた商店街の、これまた寂れた小さな本屋が、いつの間にか心霊スポットになっているという。

 幼馴染の橋木が同窓会の知らせのついでに教えてくれた。それは辛気臭い故郷で旧交を温める話よりも、ずっと魅力的に思えた。


 橋木から噂を聞いた翌月、しみったれた飲み会を耐え忍んだ俺は件の書店に向かった。

 午前零時。ゴーストタウンのように静かなアーケード街の中程、「FUKAGAWA書店」と書かれた煤けた看板を見上げる。


『あの本屋の前を夜中に通ると悲鳴が聞こえるとか、閉店後にシャッターを三回叩くと呪われるとか言われてる』


 橋木からのメッセージを読み返す。悲鳴はともかく、“呪われる”か。

 それが本当だとしたら、実際に経験して語った人間がいるワケで、そいつは何で助かってるんだってハナシだ。

 でもこういう怪談話にそういうツッコミを入れるのは野暮ってもんだ。

 閉鎖的でクソみたいな田舎町、それが嫌で逃げた先の都会だって、やっぱりクソみたいに退屈だ。

 子供騙しなお化け話、最高じゃないか。

 くだらない人生の中の一瞬の暇潰しくらいにはなるだろう。


 軽く拳を作って、薄汚れたシャッターを軽く三回叩いた。人気のない道に、ノック音がやけに大きく響き渡った。


「……ま、やっぱ何も起こるワケな」


 数分待って帰ろうとした瞬間、シャッターがしずしずとその口を開けた。

 どう見ても手動で開閉するタイプのモノで、自動で開くわけがない。


「嘘だろ……」


 ここまでノコノコ来ておきながら、実際に怪現象が起きてしまった時のことは正直考えていなかった。

 だが、ここで退くワケにはいかないだろう。

 今、自分はこれまでの人生で感じたことのないような高揚感に包まれている。これは酔いのせいじゃない。

 俺は真っ暗な本屋の中に、一歩踏み出した。


 店内に身体を滑り込ませると、後ろでシャッターが勝手に降りていく。完全に閉じきる前に、俺は持参していた懐中電灯を点けた。

 手の中の光で本棚を照らしてみる。小さな範囲でしか捉えられないが、ザッと見たところ不審な点はないように思えた。

 少しずつ進むと、奥に陳列されている大型書籍の一冊が僅かに動いた気がした。図鑑のようだが。

 唾を飲み込もうとして、喉がカラカラになっていることに気づく。

 いつの間にか身体中、汗びっしょりだ。

 心霊現象なんてあるわけない。ましてや、呪いなんて。そう思う気持ちと、では先程のシャッターの動きはどう説明つけるんだ、という気持ちがせめぎ合う。

 じりじりと、奥の本棚に近付く。自分以外の何者かに操られているような、勝手に足が動いているような気になる。

 図鑑の正面に立った時だった。

 大きな音を立てて図鑑が足元に落ちる。それは生き物のように、真ん中からページを開いた。


 そしてそのページの中から飛び出してきたのは――



 巨大なホホジロザメだ!

 それは鮫の図鑑だった!

 ブック・シャークだ!


 小さな店内を埋め尽くす程の大きなサメ、半透明の“白い死神”が、俺の目の前に浮いていた。


 全身を震わせて悲鳴を上げる俺を、鋭い牙の並んだ底なしの闇が丸呑みにした。




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