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シンカー・ワン
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浮遊都市ヴィンス。
古の時代天空にあったそれは、ある日突然地上へと落ちた。落ちたところはコルツの国を東西に分けていたロックニー山脈。
山脈を分断するように大地に横たわった浮遊都市は長き時をかけ緑に沈み森となる。
ヴィンスが落下した際、ロックニー山脈のあちこちに出来たいくつもの遺跡。
大半は既に冒険者や盗掘者たちによって漁りつくされているが、落ちた際に都市が飛散した範囲は広大で、山脈の周辺には誰にも知られぬ遺跡がいくつも眠っているという。
初めから未盗掘遺跡を探していたのではない、
巣穴での戦いの最中、魔獣の放った雷の呪文が崩した洞窟の壁、その向こう側に見えたのは明らかに人工物と思われる遺跡の一部。
マンティコアは難敵であったが一党の連携に敗れ去る。
依頼は無事果たされた、あとは退治した証しを持ち帰り報告すればいいだけ。
ならばと、探索を強く主張したのは熱帯妖精。
「遺跡があれば潜るのが冒険者だろ~。しかも間違いなく未盗掘、どんなお宝が埋まっているやら」
その言葉にあとのふたりも賛同する。依頼は果たした、余力はある、アイテム類も充分。反対する理由はない。
なにより彼女たちも冒険者。遺跡、しかも未盗掘の探索に心躍らぬわけがなかった。
光明の魔法で照らしながら、忍びを先頭に女魔法使い・熱帯妖精の順で崩れた土壁の向こうへ。
「……元は道だったのだろうな」
穴を斜めに支えている石壁を探り、忍びが推測を口にする。
「逆さまになってんのか、うぇ~」
熱帯妖精が槍の石鎚で壁を軽く叩きながら、なんとも言えない表情を浮かべる。彼女が頭の中に思い浮かべていたのは巨大な建物がひっくりかえるさま。
「……都市の欠片が埋もれているだけなのかもしれませんね」
お宝は難しいかもしれないことを匂わせ、
「だとしても、浮遊都市の一部ですからその筋に伝えれば幾ばくかの報酬はあるでしょう」
それなりの実入りは見込めるだろうと、一党のやる気が失われないように言葉をつなぐ女魔法使い。
「さすがに道だけではないと思うが……おっ」
斥候として先を行く忍びが軽い驚きの声を上げ、
「実入りはありそうだ」
と、若干高揚した声音で後ろのふたりに告げた。
斜めにかしいだ穴の先にあったのは崩れかけた石壁に囲まれた空間、玄室と言っていいだろう。
魔法の明りに照らされ見えたのは、壊れたいくつもの木の棚だったと思われるもの。そして、
「なんだこれ?」
「バカ、調べないうちに触るなっ」
玄室の床――元は壁だったか天井か――に散乱していた羊皮紙を束ねたような塊のひとつを無造作に拾う熱帯妖精を忍びが一喝する。
埋もれ忘れられていてもかつての古代都市の一部。魔法文明と言われた時代の産物だ、どんな
忍びが叱責するのもわかるというものだ。
「お、めくれるぞ、これ。……う~なんか書いてるけど読めない~」
が、言われた
片閉じにした羊皮紙の束には何やら文字がびっしりと綴られているが、書かれているのは古代文字であるため、熱帯妖精には読めない。
識字率の高い冒険者であるがさすがに古代文字を修める者は少ない。
「……本、ですね」
床から束ねた羊皮紙のひとつを手に取った女魔法使いが感慨深げに漏らす。
真言魔法の真言は古代語からの派生、なれば魔法使いに読めぬわけがない。
「本? て、雑貨屋でたまに売ってるアレ?」
木版による印刷の技術が広がってすでに数十年、この時代 "紙の本" は嗜好品のひとつとして定着している。
ただ製紙技術が発展途中であるため、まだ一部の富裕層の好事品としての一面が強い。
「――これ全部が本なのか」
床一面を埋める本を眺め、感嘆の声をあげる忍び。これほどの数を見るのは以前女魔法使いと赴いた学院の蔵書室以来だ。
「もしかして、ここは古代の学院の一部?」
だとしたら大発見ではないか! 高揚する気持ちを抑えきない忍びに、
「……ではないでしょうね」
女魔法使いの落ち着いた言葉が返される。両の
本に落とす彼女の視線はどこか物悲しく、そして慈しみが浮かんでおり、その瞳の色に忍びは覚えがあった。
「……まさか、これ全部日記?」
学院へ赴くに理由となった、かつて偶然見つけた古代の魔法使いが綴った日々の記録のことを思い出し尋ねるが、
「いいえ。物語ばかりですよ」
これは恋のお話、これは怪物退治の英雄譚と手にした本を掲げながら女魔法使い。
「たぶん、ほとんどが作り話の本ではないかと。……ここはおそらく本専門のお店、本屋だったのでしょうね」
ある意味では大発見ですよ。と、遠くを見つめるまなざしでつぶやく女魔法使い。
「おーっ、だったら大儲けだ!」
屈託なく喜ぶ熱帯妖精を横目で見やり、女魔法使いは複雑な笑みを浮かべて、
「水を差すようだけど、思っているほどにはならないかも。ほとんど腐ってるわ」
抱えていた本のひとつを広げ言う。途端、ボロボロと崩れていく本。
所詮は薄くなめした皮。保存の魔法も書けられずに長き年月の中、形を留めていただけでも大したものなのだ。
床に散らばる本を何冊も拾い上げ、それらが手にした先から崩れていくさまに熱帯妖精が声にならない悲鳴を上げる。
「さ、帰りましょう。マンティコア退治とここの発見を報告しないと」
熱帯妖精の様子に笑みを浮かべ、芝居がかった明るい声音で告げる女魔法使い。
平然を装う女魔法使いに忍びは声をかけたかった。
が、なんと言えばいいかわからず差し出しかけた腕を下ろし、唇を噛みうなずくだけだった。
しばらくして、古代のお話が綴られた好事本が裕福層の間で流行ったが、庶民や冒険者にそれが広がるまで数年を要したという。
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