風来彷――本屋に来たる――
如月風斗
第1件
俺は自分に合う仕事を求めて様々な職を転々としている。この世には無数に仕事があるというのに、俺の求めている職には出会えていない
今日は寂れた郊外にある本屋にバイトとして来ている。寂れた、といっても最近改装したらしく、外見は綺麗である。
「よろしくお願いしますね。メインは品出しとか本の管理だからまあ大丈夫だと思うけどね」
「分かりました」
覇気のない、本屋同様に寂れた店長はそう言って、スタッフルームへと入っていった。パートの橋本さんいわく、店長は毎日そこで籠もっているだけで害もなければ頼りになることもないと愚痴っていた。俺はそもそもここに居座る気は無いので特段気にしてなどいなかったが。
常連と思しき爺さんや親子連れがちらほら来たが、そこまで人は来るわけでもなく暇な時間が続いた。
「暇でしょ? 私はこれくらいが楽なんだけどね」
「僕もこれくらいが丁度いいですね。今までのバイトはどれも忙しかったので」
『あら、そう? 大変ねぇ』等と世間話を橋本さんと続ける。勤務中に良いのだろうかとつい考えてしまうが、お構いなしといった感じだ。
早めの昼休みを先にもらい、スタッフルームでコンビニで買ったおにぎり2つを胃に詰め込む。そういえば店長はいない。トイレにでも行っているのだろうか。
だが、おかしなことに、交代するように入っていった橋本さんはいつも通り店長がパイプ椅子に座ってぼーっとしているのを見たという。出入口は一つではないのだろうか。
夕方、俺は何事もなく今日の勤務を終えた。悪くはない職場ではあるが、長く続けるのにはいかがなものだろう。
翌日、俺が本屋に出勤すると、なにか違和感を感じた。そしてその正体はすぐにわかった。本棚だ。
本棚が所々スカスカになっているのだ。それも雑誌から小説まで様々だ。昨日の時点ではこんなふうにはなっていなかった。
「どうしたのかしら? 書庫整理?」
そんなことあるものか。あの店長が一人でやったとでも言うのだろうか。そう思いつつ顔を穏やかに保つ。
そしてなくなった本を一つ一つ確認していった。
「初めての手品」
「もっと上手に! マジックシリーズ」
「とんでもイリュージョン」
「しっかり学びたい人へ 高校物理」
なんだこれ。マジックの本ばっかりじゃねぇか。他にも、「頑張らなくてもできる」や「やったことがない人でも」等こういった本にありがちな題名が並べられている。
もしかしたらあんな店長でもこういう芸を身に着けたいと思っていたのかもしれない。それならば昨日の店長の妙な行動もイリュージョンだったのだろうか。
「そういえば店長来ないですね」
「そうねぇ。私連絡して見るから、ちょっと店内見てみてくれない?」
「分かりました」
店内は他に変わった様子は無い。後はスタッフルームくらいだろうか。ガチャリとドアノブをひねる。だが、扉が開かない。重い――。嫌な予感がする。
全体重をかけ、やっと扉は開いた。
嫌な予感は的中だ。
店長はなくなっていた本に埋もれて倒れていた。息はない。本と店長によって、扉が開かなかったのだ。
うわぁ!、という驚きの声すら出すことが出来ず、静かに橋本さんを呼びに行った。
「あら……。警察、呼ばないとね」
「そっ、そうですね」
事情聴取が行われた。そして店内の捜査が行われた。俺は昨日からであるから怪しまれるかと思ったが、予想に反しサラリと警察は去っていった。
どうやら大量の本が倒れてきた本による事故と見なされたらしい。
「残念ね……。穏やかな感じの人だったのに。昨日はあんなに元気だったのにね」
「そうですね……」
店長のことのせいだろうか。今日はいちいち橋本さんの言葉が引っかかる。
ああ、そういうことか。
俺はどうも事件に巻き込まれてしまったらしい。
橋本さんと話をしながら、俺はスタッフルームの壁をまじまじと見つめる。薄く線が入っているのを見つけ、立ち上がってその壁を軽く押した。ぎいぃと音を立て、壁が開いた。
やはりだ。俺の知らない出入り口が存在していたのだ。きっと改装前に使われていた名残に違いがない。
「そんなところにドアなんてあったかしら!」
わざとらしく橋本さんは驚く。
「何言ってるんですか。あなたが店長をやったんでしょ」
橋本さんは黙ったままだ。予想が的中した証だ。
「この本屋の改装前から勤めている橋本さんなら、この扉の存在を知っていたはずです。それに、あなたの言動は、『昨日は』とか、『警察を呼ぶ』とか、今日店長が死んでしまった前提のものばかり」
「それは、昨日店長がここから帰るところを見たからよ」
少し怒ったように橋本さんは言う。構わず俺は続けた。
「店長が埋もれていた本も今思えば変でした。マジックの本に紛れて一冊、物理の本が混ざっていた。きっと犯人があとから店長の本に似たようなものを加えたのでしょう。多分、店長が初め持っていたのは4冊だけ。しかも、あなたに狙われていることを分かった上で」
「何言ってるの? 私は関係ないわ」
「いえ、あります。まあ詳しい二人の仲は知りませんが、とにかく4冊の本の頭文字を取ると『橋本』になるんです。しかもその本は近いところに落ちていた」
「それだけで証拠になるとでも言うのかしら」
「さあ? まあ、俺は橋本さんの良心に任せますけど。僕の想像ですからね」
「良心、ね」
俺はその日にバイトをやめた。
やっぱり俺のバイトは続かない。
しばらくしした頃、ふとテレビをつけると、ニュースで寂れた本屋と橋本さんが出ていた。橋本さんと店長は古い知り合いで金銭トラブルがあったらしい。まあ、もう俺には関係のないことだが。
風来彷――本屋に来たる―― 如月風斗 @kisaragihuuto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます