成る(1)

「……落ち着いたか」


 アロハシャツの男は、もぐもぐと口を動かしながら、クサブキさんに尋ねる。

 クサブキさんは、無言で空中に座ったままだ。

 彼は、アロハシャツの男が作り出した、透明な水の球のようなものに閉じ込められていた。

 

「みんなもさあ、せっかく買ってきたんだから、食べてよ」


 私たち――4人の侵入者たちと、私と、私と同じ姿をしたもう一人の女性――の前には、『紅芋タルト』が配られている。言わずと知れた、沖縄のお土産の代表格だ。

 アロハ男以外、誰も手をつけてはいなかった。

 私たちは何故か、結界の中の、10畳の畳の部屋で、テーブルを囲んでいた。


「悪かったよ。女の子、急に、分割したりして」

 アロハ男の太刀によって、私と、私の憑代よりしろである女性、薫子さんは、今、同じ姿で二つに分かたれていた。

 アロハ男が私に太刀を振り下ろした瞬間、クサブキさんが放った風刃は、門外漢の私でも威力の分かる、恐ろしいものだった。しかし、すんでのところでアロハ男はその風刃をかわし、クサブキさんを水の球に閉じ込めたのだ。


「……マジでくさぶき、俺を殺しに来てたよな」

 ほんと、死ぬかと思った。アロハ男のつぶやき。

  

「……ヨシマサ」

 球の中の、クサブキさんの声は、硬かった。

「一体、何の真似だ。尋常に勝負せよ」

「や、とりあえず話し合おうよ、な」

 アロハ男は、へらへらと笑い、もう一つ、紅芋タルトをほおばる。


「アベさん。とりあえず、説明してくれよ。俺たちにも、何が何だか、わかんないよ」

 小柄な男が、渋面でアロハ男をねめつける。


「ごめんごめん。――ええと、この子は、あまねちゃん」

 突然、アロハ男によって、私は4人の侵入者に紹介される。条件反射で頭を下げると、4人もぺこりと会釈する。

 微妙な空気が流れる。


「あまねちゃんは、酒呑童子しゅてんどうじの『首』を封じてくれてる、巫女さん」

「なんだって」

 4人の侵入者の顔色が変わる。


「巫女は、薫子かおるこだろう」

 4番目の男――4人の中で一番強そうな若い男が、私と全く同じ姿をして、彼の隣に座っている女性を振り向く。


「うーんと、めんどくさいから簡単に言うと、薫子ちゃんに憑りついてた、あまねちゃんが、酒呑童子を封じてたわけ。あまねちゃんはさあ、むちゃくちゃこわーい巫女さんなんだよね」

 なんという言い草。一斉に場の視線が注がれ、私は思わず顔をしかめる。


「そんな。私――」

「この人はしたたかで、他人に力を気取られるような使い方は絶対にしない。薫子ちゃんも、君たち四天王も、この人の存在、ましてや身の内から薫子ちゃんが守られ時には操られていたことに10年間一度も気づかなかった。参りましたというほかないよね」


 アロハ男は、からからと笑う。


「いや待て」


 突然、弓の男が声を上げる。


「今、あまね殿が、切り離されてるぞ。そうなるとつまり」

「そうそう。あまねちゃんが、表に出てたから、初めて、きれいに切り離せた」

 アロハ男が無造作に頷く。

「だから、薫子ちゃんから酒呑しゅてん、出て来てるよね」

「……」


 全員が、薫子さんを振り向く。


「分かってんならこんなシけたもんじゃなくて、さっさと酒を出せよ」

 突然、薫子さんの口から、似つかわしくない言葉が吐き出された。


「……酒呑しゅてん

 クサブキさんの、呆然とした声。


「酒呑童子には、とりあえず、そこにある日本酒でも、飲んどいてもらって」

 全く緊張感のない声で、アロハ男は私を振り返る。



「……あまねちゃん、君にとっては、初めまして、になるのかな。俺は、安倍吉昌あべのよしまさ安倍晴明あべのせいめいって、有名な術使い、知ってるかな。その、息子なんだけど。あやかし狩りの、じゅつ担当です」


 この人が。直接顔を合わせるのは、初めてだ。私は、あらためてまじまじとアロハシャツの男を見る。


「そして、君を、ここに送り込んでいた、犯人です」

 男は悪びれる様子もなく、ぺろりと舌を出す。


「いや、ごめんね。くさぶきに、せっかく『首』をプレゼントしたつもりが、ちょっと、あまねちゃんの秘匿の力、舐めてたみたいで。ちなみに、試しに送った、他のかわいい生き物たちは、気に入ってもらえたのかな。くさぶきに癒しを与えようと、結構気合を入れて、チョイスしたんだけど」

れ事を。お前は、生類しょうるいを扱うという、責任感はないのか。術の力はいざ知らん、昔から人間性は、なり」


 怒りポイントはそこですか、とは思うが、とにかく珍しいくらい怒った様子で、クサブキさんが吐き捨てる。


「そこまで言われると、さすがに傷つくわー」

 アロハ男はニヤリと笑う。

「俺、禁術使いがばれて、兄貴たちからキッツいお仕置き受けたから、許してくれよ。今も、手足、縛られてんだぜ」

 ふいに、彼の手足と首元に枷と鎖、その先の鉄球が現れる。

「次やったら、殺される」

 腕には、刺青のように、彫り込まれたバツ印が浮き上がる。


「道理で、術にキレがないわけだ」

 弓男のつぶやき。


「……まあ、俺のことはいいや」


 アロハ男は、つまらなそうに言葉を切る。それから、あらためてしげしげと、水の球の中に座るクサブキさんを眺め、ひどく楽しそうな口調で言った。


くさぶきさあ、ったよね」

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