邂逅(2)
アルパカの登場で私の気持ちは一気になごんだ訳だが、自分の置かれている状況が全く分からないのは相変わらずだ。
まず、この角と牙の生えた、人(?)。
終始口調は穏やかで、今のところ、手荒な真似をする様子はないが、全く得体が知れない。
私から質問などしても良いものだろうか。
急にキレられたりしたら、多分、一巻の終わりだ。
改めて、目の前の人物を眺める。
一重の切れ上がった目。美しく通った鼻筋、薄い唇。横顔のバランスは、完璧だ。
服装は、大昔の日本人に近いようだ。
でも髪型は、少し長めのセンターパート。そのまま街にいても、違和感のない感じだ。
まあ、まとめると、どこからどう見ても文句のない、和風のイケメンである。……角さえ生えていなければ。
彼は今、目を細めて、アルパカを眺めている。時々、あるぱか、とつぶやく様子が、こういったら何だが、だいぶかわいい。
モフモフを愛でられる感性の人なら、多分大丈夫だろう。
私は自分に言い聞かせる。
「あの……ここは、どこですか。あなたは、どなたなのでしょう」
ド直球の私の質問に、彼はきょとんと眼をまたたかせた。
「……そうか、あなたのことをお聞きするばかりで、こちらのことを何もお話ししていませんでしたね。これは失敬」
彼は優美に微笑んで座りなおす。
「ここは、ヒノモトノクニの、シホウという場所です」
え、ちょっと待って。私は焦る。
「ひのもとのくに」
「ええ、かつて
つまりここは、……日本だ。私は思わず言い募る。
「ここは、日本の、どこなんですか。時代は、いつですか」
どう考えても、目の前の人物の口調や服装からは、今いる場所が現代日本だとは思えない。
「ほう、ここがあなたの国、ニホンだとおっしゃる」
「そうです。日の本の国、すなわち、日本です!」
「……なるほど」
彼は再び顎に手を当てた。
「ここは、アズマノクニのシホウです。ただ、……あなたのおっしゃる、時代、というものは、私には、分かりかねます」
そこで、彼はもう一度微笑んだ。
「……私はここに、もう大分長い間、封じられておりますので。外界の細かいことは、知ることが、できないのですよ」
*
その時、彼の眉がピクリと動いた。
「またか」
次の瞬間、彼の姿が掻き消え、私は唖然とする。
しばらくして空中に現れた彼が小脇に抱えているものを見て、私はもう一度唖然とした。
「カピバラ……」
「……またも、面妖な名の
思わずというように彼がつぶやく。
「何とおっしゃったかな」
「……カピバラ、です」
かぴ、ばら。かぴばら。先ほどと同じ光景が繰り返される。
それにしても。名前といい、癒しポイントといい、絶妙なチョイスだ。よく分からないけど、わざとやっているなら、ここに動物を送り込んでいる人、かなりセンスあるんじゃないだろうか。
ただ。私は唇をかむ。
「アルパカは、アンデスの高原で飼育される家畜。カピバラは、アマゾン川流域の温暖な水辺に生息する野生のげっ歯類。生育条件が、全く違う……」
思わずつぶやく。
かぴばら、と反芻していた彼が振り返る。
「さらに面妖な地名が出てきたようだが、……あなたは、
彼の右手は、おとなしくうずくまるカピバラの背中を撫でている。
「こやつらは、このままここに捨て置けば、早晩、弱り滅するのは自明。しかし私は、こやつらを健やかに保ってやる
先ほどまでの余裕あふれる態度とは違い、彼の言葉には切迫した響きがある。
何というか、この人、多分いい人だな。私は思う。
彼は、クサブキ、と名乗った。
「あなたに見えている姿が、私の
これまでの彼になく、持って回った言い方だった。
「物の怪、鬼、……何と呼んで頂いても構わないが。ここへ
彼の声は変わらず柔らかく、何の感情も見いだせない。彼の目に浮かぶ色を読み切ることは、私にはできなかった。
「私は、
あまり、これ以上、話させるのは、良くない話題のようだった。
私は、彼の握られたこぶしから目を離し、真っ白な夜空に微かににじんでくる黒い
夜明けが、近づいているようだった。
「……私は、
彼の美しい瞳が私を振り向く。
「私は、これから、どうなるのでしょう」
その時、暁の光が一閃、私の身体を射た。
瞬間、光に貫かれた場所から、私の身体がみるみる崩れ始める。彼の見開かれた目の前で、自分の身体が煙のように消えていくのを、私はまるで、他人の身体のように眺めていた。
そして、ふいに、私の世界は暗転した。
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