第4話 矛盾
『私のこともう好きじゃないの?』
『やだやだ。別れるなんて言わないで』
『なんでも言う通りするから別れたくない』
『サイテー! 一生遊んでれば?』
『私ばっかり好きみたい』
自分でもどうかと思うが、別れの経験なんて数えきれないほどある。女なんて大抵、泣くか怒るか、面倒になることしかないと思ってた。
だが、目の前に座る女性は泣くことも怒ることも、ましてや恋人が同性に浮気したと聞いても戸惑う様子も見せない。
淡々と直樹の並べる嘘に相づちを打ちながら、黙って話を聞いてる。
「ごめん茅乃。自分勝手で」
拍子抜けする程、堂々と茶番を繰り広げる直樹を隣で聞いていると本当に俺のことが好きなのかとさえ思えてきた。
「奏多君だっけ?」
突然自分の名前を呼ばれて緊張が走る。
「……はい」
「奏多君は直樹のこと好きなの?」
「……はい。少なくともあなたよりは」
直樹がこの女性のどこがそれほど好きなのか、さっぱりわからない。たしかに美人だし、女性らしい柔らかさもある。けど、直樹に対する愛情は微塵も感じない。
知ったことではないが、同情からか少し悔しさが芽生えて、わざと挑発をした。傷つくか? 怒るか? でも、彼女の反応は期待したものではなかった。
「それならよかった。二人が想い合ってるなら私はそれでいい」
本当に安心したように笑顔まで見せられ、ただ撃沈しただけだった。
ああこれか。
横目で直樹を見ながら、あのカウンターの席で迷って、悩んで、傷ついてる姿を思い出す。
あの日も直樹は言っていた。
閉店作業を終えて店には二人っきり。
もうすっかり客だということを忘れタメ口の俺に、特に嫌な素振りは見せない。
「なんでわざわざ浮気相手を男にする必要があんの?」
「……」
「ああ。相手が会社の後輩だから本当のこと言ったらまずいとか? 浮気したことばれてないならそのまま黙ってれば?」
男女の話なんかその辺ごろごろ転がってる。そう思って最初は真剣に聞いてなかった。
「……彼女と別れようと思ってる。彼女と上手くいってないのは知ってるんだろ?」
客の話を盗み聞きしてると肯定するようで、癪だが、まあ……とだけ答えた。
「僕の彼女、茅乃って言うんだけど。茅乃は僕が浮気しようが、別れたいって言おうが、何とも思わないよ」
自分で口にしながら傷ついたのか俯いて、ため息をついた。
「別れたいなら面倒くさくなくていいんじゃないの?」
「僕は──面倒くさい彼女が見たいんだよ」
ポツリと呟くと、顔を上げ懇願するように俺を見る。
「浮気相手が男なら少しは動揺してくれないだろうか? あわよくば気の迷いだと諭して引き留めてはくれないだろうか? なんだったら怒ってくれたっていい。なんなら泣いてくれたっていい──大事にしたい。笑っててほしい。傷つけたくないはずなのに、傷ついてほしいなんて……僕はやっぱりおかしいのかな?」
気持ちは正直分からなかった。そんな気持ちを抱いたことがないし、そうまで切羽詰まって人を好きになったことがない。
ただ、この男性の気持ちがそれ程強く、真剣なものだということだけは分かった。
「──なんで俺なの?」
「君なら──僕の気持ちを分かってくれると思ったから」
あの日もさっぱり分からなかった。
今もやっぱり分からない。
それでも同情するくらいには理解してやりたいと変な感情は芽生えていた。
それが運命なら僕たちは嘘をつくしかなかった 杏藤哉依 @rain-po
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