第38話 終わり

 佐伯さんがボケ老人に連れ去られて行った。

 姫子がコチラを心配そうに見ていた。


「大丈夫ですか?」

 と姫子に尋ねられた。


「大丈夫じゃない」と俺が言う。

 佐伯さんを連れ去られた怒りや憤り。その犯人が自分のおじいちゃんである悲しみ。色んな感情が混ざっていた。



「すまない。君達と一緒では間に合わないかもしれない」と俺が言う。

 間に合わない、と俺は言ったのだ。

 何に間に合わないんだろうか?

 佐伯さんがボケ老人に殺されていることを想像した。

 足が震えた。


 姫子は泣き出してしまいそうな顔をしていた。


「サブローが入り口まで姫子達を運んでくれる」と俺は言った。

 

 ケロベロスは地面に倒れていた。

 俺はサブローの真ん中の頭に触れる。


「頼む」と俺が言う。

 そして回復魔法をサブローにかけた。

 ケロベロスが立ち上がり、俺の頬を舐めた。


「魔王様」と姫子が言った。

「私は魔王様に何もしてませんから」


 俺は首を傾げる。

 この子は何を言っているんだろう?


「君にはサンタさんが来るってことだよ」

 と風子が言った。


 俺は首を傾げ続けた。訳がわからん。

 サンタさんは恋をしたら来なくなるんじゃなかったけ? 俺は佐伯さんのことが好きだ。胸がはち切れそうなほどに。


「もう俺にはサンタさんは来ねぇーよ」と俺は言った。


 彼女達はケロベロスに乗って去って行った。


 そして俺は佐伯さんを助けるために実家に向かった。


 走った。走った。必死になって走った。

 俺は瞬間移動も使えない。

 だから誰にも見えないスピードで走った。



 そしてラストダンジョン深層に辿り着く。

 俺の家である。

 50階層は濃密な魔力の溜まり場である。濃密な魔力の溜まり場は異空間を作り出す。ダンジョンなのに青い空が広がっていた。畑があり、小川が流れている。そして古民家が建っていた。あれが俺の家である。


 鍵が無い引き戸を俺は開けた。

 着物を着た母親がキッチンから顔を出す。

「遅かったわね」と母が言う。「牛乳とって来てくれた?」


「何やってんのよ。アンタは」

 と母親が怒っている。


「おじぃちゃんは?」

 と俺は鋭い目をしながら尋ねた。


「疲れたらしいから二階で寝てるわよ」

 と母が言う。


 二階で寝ている。

 もしかしたらすでに佐伯さんは殺された後なのかもしれない。


 俺は靴を脱いで家に上がった。

 そして床を大きな音で踏みしめながら、階段を上がろうとした。


「友達が来てるわよ」

 と母親が言った。

 

 えっ? 

 と俺は驚く。


「居間でマリとゲームしてるわよ」


 はぁ?

 俺は二階に上がるのをやめて、居間に行った。

 佐伯さんは去年の俺の誕生日に買ってもらった格闘ゲームを妹としていた。色んなゲームの主人公達が集まって戦う格闘ゲームである。

 2人が「おりゃあ」とか言いながら戦っている。

 2人の後ろには座布団を重ねて座っている父親が、佐伯さんのスマホを持って撮影していた。


「負けやした」

 と佐伯さんが言った。


「次はお父さんの番か?」

 と父親が言っている。


「佐伯さん」

 と俺が言う。


「魔王君。意外と早かったじゃん」

 と佐伯さん。

「あれ? 姫子ちゃん達は?」


「サブローに乗って帰って貰った」と俺が言う。


 そうなんだ、と佐伯さんが言う。


「なにやってるの?」

 と俺は尋ねた。


「ゲーム」と佐伯さん。


「おじぃちゃんに殺されたかと思った」

 と俺が言って、座り込んだ。


「ジジィが孫の友達を殺すわけないだろう」と父親が言った。


「ボケてるから俺のことを忘れたと思ったんだよ」


「心配してくれたの?」

 と佐伯さんが尋ねた。


「……いや」と俺が言う。

 心配した。

 もし佐伯さんが殺されていたら?

 そう思うだけで心がはちきれそうだった。

 

「佐伯さんが死んでいるのを想像しただけで、俺の心が苦しかった」

 と俺が言う。


「どうして?」

 と佐伯さんが言った。


 父親とマリがゲームをしながら聞き耳を立てているのがわかった。

 母親もキッチンで聞き耳を立てているのがわかる。


「ちょっと外に出よう」

 と俺が言う。


 ポクリ、と佐伯さんが頷いた。


 俺は佐伯さんを連れて外に出た。

 そして見慣れた畦道を歩く。

 何か喋るべきことがあって、外に連れ出したのに何を喋っていいかわからなかった。


 いつも元気な佐伯さんが黙って俺の後ろを付いて来ていた。


「俺……」と言った。

「実はキットカット持ってるんだ。あげるよ」

 と俺は言って、カバンから甘いチョコレートのお菓子を取り出した。

 ダンジョンでは、とても貴重で、妹のお土産にするつもりだったモノである。

 でも佐伯さんならあげてもいいと思えた。


「いらない」

 と佐伯さんが言う。


「ポッキーもあるよ?」


「いらない」


「木の子の里もあるよ」


「いらない」


「板チョコは?」


「それってマリリンのお土産でしょ? マリリンにあげて」


「佐伯さんなら」と俺は言う。

「あげてもいい。佐伯さんならキットカットでもポッキーでも木の子の里でも板チョコでもあげてもいいと思う。なんでもあげてもいい」


 ついに思いを伝えてしまった。

 貴重なモノをあげてもいい。大切なモノをあげてもいい。そう思えるぐらいに佐伯さんのことが好きって伝えてしまった。


「妹のお土産をあげたらダメでしょ」

 と佐伯さんが言う。


「いや、そういう事じゃなくて。……何て言ったらいいんだろう? 月が綺麗だね」


「月出てないじゃん」

 と佐伯さんが言う。


 夏目漱石のアイラブユーじゃん。どうやら佐伯さんには伝わらないらしい。


「魔王君」

 と彼女が俺を呼ぶ。

「おかげさまで登録者数がすごく増えたんだよ」


「よかったじゃん」

 と俺は言った。


「これから先も2人で動画撮影しない?」

 と照れながら佐伯さんが言った。


「別にいいけど。でも俺、別に何かが出来るって訳じゃねぇーよ」

 と俺が言う。


「男女2人で動画を撮影することを、なにチャンネルって言うか知ってる?」


「…‥」

 俺は考えた。

 でもわからなかった。


「ビジネスとか関係なくて、ちゃんと2人でこれからそういう関係になっていきたいって思う」

 と佐伯さんが言った。

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バズりたい超美少女配信者の佐伯さんと無自覚最強の魔王君 〜ラストダンジョンが俺の家な件〜 お小遣い月3万 @kikakutujimoto

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