鍵をどうにか
倉沢トモエ
鍵をどうにか
ここは来週取り壊す予定の、N町旧公民館。隣に建った新館へ引っ越し中。私は事務アルバイトのナギサチハル。
「なんですかこれ?」
錆びたサブレの缶。重い。
ぼろぼろの紙ファイルを全部コンテナに詰めたあと、キャビネット下の段の奥に見つけた。
「鍵」
その場にいた職員が見守る中開けてみると、中にぎっしり詰まっていた。
ドアの鍵ではなさそうなのだ。小さくて平たい鍵ばかり。
「ロッカーとか、机の引き出しとかの?」
公民館って信じられないくらい古い事務机平気で使ってるし、こんなに鍵が出てくるものなのだろうか。よく知らないけど。
「地震で壊れて取り替えたシャッターの鍵だなあ、これは多分」
一応それぞれに劣化したプラスチックのタグが付いていて、〈シャッター〉と書いてあるのをオサダ課長が摘み上げて言った。
するとほかの鍵もだいたいそんなものだろう。何かの理由で入れ替えた備品の、主人をなくしたやつ。
「この缶ひとつに集めたっきり、担当が異動とかでいなくなって引き継ぎもなくてそのまま忘れられたんじゃないかね。廃棄ともなんとも書いてないから困るねえ」
ありそうな話だなあ。
「で、どうします? いい機会だから思いきって廃棄します?」
「ちょっと待った!」
タチバナさんが入ってきた。
「ひょっとしてその中に、こいつの鍵はありませんか?」
手にあるのは、金属の小箱。印鑑ケースくらいの大きさだけど、唐草みたいな変な装飾入ってるし、用途不明。
「どうしたんです?」
「茶室の流しの奥にありました」
なんでそんなところに?
「利用者さんの忘れ物かも?」
いつからそんなところにあったのか知らないけれど。
「いやいや、ほら」
箱の底には文字があった。
「〈N町公民館〉」
鍵、ここにあるかなあ? こんなにぐちゃぐちゃした中から探すの、きついなあ、と思って手を伸ばしたら、一本の鍵がすっ、と私の手の中に入ってきた。
(なに?)
鍵の挙動が明らかにおかしい。
「これのタグだけ、木の札に墨で書いてあるんですけど」
〈茶室〉
「怪しい」
「いやでも、旧公民館のモヤモヤはなるべく持ち越さないことにしようよ。鍵だって、やってみなきゃ合うかわからないし」
タチバナさんの言葉にみなさんうなずいてるけど、そんなものかなあ。
「開けますよ」
タチバナさんが鍵を使うと、……当たりだったらしい。
「わっ。離れて!」
蓋が開いたとたん中から紫の煙が出てきて、混乱しながらも一同離れた。
遠巻きに様子をうかがっていると。
「みなさま、お久しぶりでございます」
「……」
煙の中から、着物姿の女性が出てきた。着物の緑色の模様が箱と同じだ。
「あのう……」
オサダ課長が意を決して声をかけると、女性は、
「あなた様が今の上長様でございますか?」
「課長のオサダと申します」
「私は茶の精でございます」
は?
「この公民館の方々にご恩を受け、一大事の際にはお手伝い申し上げるお約束で、この小箱に眠っておりました」
おいおいおいおい。ご恩て何したのよ。全員がそんな顔になっていたと思う。誰だよ引き継ぎしなかった奴。
「実はただいま、
異常な事態の中、平然と受け答えをするオサダ課長の度胸に、みんな驚かされた。
「まあ、新しくなるのですね」
「あなた様のおられた茶室も新しくなります」
茶の精さんは、それを聞いてうきうきとお手伝いに意欲を見せはじめている。さすがやる気を引き出す課長。
「引き継ぎはちゃんとしてほしいよなあ」
タチバナさんがつぶやいた。
「ですよねー」
私もそう返した。
鍵をどうにか 倉沢トモエ @kisaragi_01
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