【KAC20232】ぬいぐるみ枕

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

陽だまりの枕

 ぬいぐるみ。

 ベースはヒヨコだと思う。

 黄色くてまんまるな体。短すぎる羽。足とくちばしは橙色でこれまた小さなまんまるだった。

 黒くつぶらな瞳だけ固いプラスチックで、あとの全てはもふもふだ。


 とてももふもふだ。

 なんの変哲もぬいぐるみが、わたしには特別だった。

 もふもふ加減と大きさがちょうどよかった。

 直径が四十センチほど。

 ぬいぐるみ界では少し大物だと思う。割と重い。けれどその大きさと形状がちょうど良かった。


 枕にちょうど良かった。

 座布団にちょうど良かった。

 使うたびに潰れていく。明らかに背が縮んで平べったくなっていく。顔付きも少しブサイクになっていく。

 それでもお気に入りであり続けた。


 脇から破れて白い綿が流出する大怪我を二回。

 足がもげたことも一回。

 眼球摘出も一回。

 幾度となく大手術を経験しても現役で有り続けた。

 マイフェイバリットもふもふぬいぐるみ。

 MMNにずっと君臨し続けた。

 激流の中に揉まれてひしゃげたこともある。

 洗濯機からの生還だ。

 屋根のうえで干されていた。

 その重量故に洗濯ばさみをすり抜けるのだ。


 乾くと元の形状を少しだけ取り戻す。少し背が高くなる。くすんでしまった黄色から元のレモン色になって帰ってくる。

 私は陽だまりの匂いがするモフモフを枕にして眠るのが好きだった。


 でも年月が経つと出番が減っていく。

 ぬいぐるみ離れだ。

 ある日、洗濯したあとに干したまま友達の家に遊びに行った。

 帰り道は雨。

 帰宅した私が見たのはずぶ濡れになった姿だった。

 高くなった背も凹み、黒い瞳が涙を流しているように見えた。


「もう捨てたら?」

「……そうだね」


 お母さんとの短い会話。

 でも私は捨てることができなかった。


 今も実家に戻るとタンスの上にいる。


「久しぶりだね。ぴよちゃん」


 もう枕にすることはない。

 埃を被っているし、カビ臭い。

 それでもこの子が私の中で一番のぬいぐるみで枕であることは変わりない。


 

 

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