知らないところで恋人ではなく結婚してくれる人募集と書かれていた

武 頼庵(藤谷 K介)

知らないところで恋人募集ではなく結婚してくれる人募集と書かれていた



「お前マジでふざけんなよ!!」

「いいじゃねぇ~か!! こうでもしないと彼女なんてできないだろ?」

 襟もとをグイっと握り上げながら、目の前のにやにやとしている衿戸基樹えりともときにマジ切れする俺、本田和人ほんだかずと


 事の始まりは、俺と親友である春野太一はるのたいちが授業の休憩時間に話していた事。


「おい和人、彼女できたか?」

「お前……ケンカ売ってんのか?」

 高校に入ってから三年間、ずっとクラスメイトになった太一は、高二の春に彼女が出来たと報告してきた。

 なんでも中学時代の同級生らしいのだが、高校生になってからも同じ学校という事で仲良くなり、そのまま告白を経て彼女になったらしい。


 俺達の通っている高校は進学校でもなければ、運動部が有名な所でもなく、不良がたむろしているようなところではない、いたって普通の学校。

 その中でも俺は成績も中くらいで、いわば平凡の域を出ない男子の一人。顔もイケメンという感じではなく、父や母からの『普通』の遺伝子をありがたく受け継いで生まれた普通の顔をした男子だ。


 だからこそ今まで彼女なんていたためしがないし、所謂『モテ期』なんていうモノを伝説上の物としか思っていない。


 対して目の前で俺の事をいじるような笑顔を向けてくる太一はというと、実は父親は日本人なのだが、母親がイタリア人というハーフで、染める事のない栗色の髪の毛を持ち、母方の遺伝子をしっかりと受け継いだのであろうことがわかる、少し端正な顔立ちをしているイケメンだ。


 そんな太一だけど、いたって平凡な俺と一緒に友達としていてくれるのかというと、実はアニメと小説が好きという意外な側面を持っているから。それを隠すことなく明るく振る舞うモノだから、男子からも女子からも人気はあるのだ。

もちろん俺も詳しくはないけどそれなりに好きなので、太一と話をする事も楽しい。だからこそずっと離れる事無く仲良くしてこれたわけだけど、太一は自分ではモテたためしがないと言ってはいるが、俺は知っている。クラスの女子が太一の事を噂しているのを。


「だから俺考えたんだけどさ」

「何をだよ」

「和人、恋人募集とかしてみない? もしくは合コンする?」

「はぁ? お前……冗談言うなよ。どこに俺なんかを相手してくれる人が居るっていうんだ?」

「わかんないだろ? なぁどうする? やってみる?」

「やんねぇ~よ、ばか」

 いつもの調子で冗談を言い合う俺と太一。

 

俺たち二人の話を聞いていた者がいるなんて事を、この時は俺も太一も考えてもいなかった。





その日の4限目は体育で、昼飯前の腹がすく時間に更に腹をすかしてくれるという、イカした授業を受けて更衣室で着替えてから教室へ戻ってくると、既にクラスの女子は教室に戻って来ていてざわざわと騒いでいた。


――ん? なんだ?

 教室に入ったのと同時に一斉に俺に向けて視線が集まる。


「なになに? なに騒いでんの?」

 一緒にいた太一が近くにいたクラスメイトに話しかける。


「あ、和人も一緒か? あれ……みてみろよ」

「あん?」

「どれ?」

 俺と太一はクラスメイトの指差す方へと視線を向けた。




『結婚してくれる人大募集!!  本田和人』



黒板に大きく書かれた文章が目に入る。


「なっ!?」

「なんだそれ!!」

 俺と太一が同時に驚く。


 すると黒板を背にするように衿戸が俺たちの方へと笑顔を見せながら立つと、大きな声でクラスメイトに向けて――いや、廊下にも聞こえるように――大きな声を出して語る。


「さぁさぁ!! この通り、そこに居る和人は結婚相手を募集しているそうだ!! 誰か結婚してくれるって人はいないか? いないよな? だってこのクラスには俺や太一がいるんだから!!」


「あいつ!!」

「基樹ぃ~!!」


 俺と太一が基樹の元へと向かって歩いていく。


「お前何してんだよ!!」

「何って……お前たちが話してたんじゃねぇか」

「あぁん!!」

「恋人募集してみようとか何とか。だからこの俺が、人気者の俺が手を貸してやろうと思ってな。声を大きくしてみんなに聞いてやってるんだよ」



 午前中に太一としていた話。それをいつから聞いていたのか、クラスの中でも上位カーストと自負している衿戸が勝手に黒板にでかでかと内容を書いたのだ。


「お前マジでふざけんなよ!!」

「いいじゃねぇ~か!! こうでもしないと彼女なんてできないだろ?」

 にやにやと俺の方へ視線を向ける衿戸。


 俺達のやり取りにざわつくクラス内。そして騒ぎを耳にした他の生徒たちも廊下からこちらを伺うようにしてみている。



「……何を騒いでいるのかしら?」


鈴が凛となるような声が教室に響くと、一人の女子生徒が中へと入ってきた。



「あ、麗奈じゃないか!!」

俺に掴まれながらも衿戸は声の主の方へ顔を向ける。俺に向けていたにやついていた顔を、更ににやつかせながら。


 俺もその声を農へ視線を向ける。


――確か……隣のクラスの最上麗奈さいじょうれいなだっけ……。

 こちらに近づいて来る彼女を見ながらそんな事を思う。


 最上麗奈は平凡なウチの学校においても一番有名な存在。学校のマドンナとも言われている。光り輝くような長い黒髪に、アイドルの中に居てもおかしくないくらいの美貌を持っている。尚且つ某有名大学にも余裕で入れるだろうと言われるくらい成績も良く、常に試験ではトップを取っている。


 父親が外国の方で、母親が日本人だという事で、顔立ちが少し俺達とは違うのも目立つ要因になっていた。


 そんな彼女だが、誰にでも分け隔てない態度で接するので、男女共に人気があった。唯一の欠点と言われているのが、運動が苦手な事らしい。そういうギャップもまた人気を呼んでいる要因だったりする。


「聞いてくれよ麗奈!! コイツ、こんな奴が彼女欲しいんだってよ!! 身の程を知れってな!! 言ってやれよ!!」

 衿戸から声を掛けられ、チラッと黒板へ視線を向ける最上。


「はぁ~」

 最上が大きなため息を吐く。



「あなたが書いたの?」

「俺じゃない!! これは基樹が書いたんだよ!!」

「……だろうと思ったわ」


 そういうと最上は基樹をキッと睨む。



「笑えるだろ? ほら未だに誰も手を上げない。やっぱりお前に彼女なんて無理なんだよ!!」

「おまえ!!」

 にやにやしながら俺を煽る基樹。



「どういうつもりかしら衿戸君?」

「え?」

 先ほどまでの表情とは明らかに違う、とても底冷えのするような顔をして基樹を睨む最上。


「あなたの告白を断った事の腹いせかしら?」

「なっ!?」


 最上の一言にざわつく。


「ふ、ふざけるな!! 何が断っただ!! お前はおれのものになるんだよ!! 麗奈、今からでもいいぞ? 俺の女になれ!!」


「はぁ~~」

 さらに大きなため息を吐く最上。


 二人のやり取りに、俺も何というか何も言葉を挟むことが出来ず、基樹を掴んでいた手も放していた。そして太一も事の成り行き次第では――という雰囲気をまといつつ、俺の隣に待機する。



「あなたに名前を、それも呼び捨てにする事を許した覚えはありません」

「ああ!? 関係ないな!! 俺の呼びたいように呼ぶ!! 何しろお前のカレシになるのは俺だからな!!」

「またそういう……。いい加減にしてくれないかしら?」

 呆れたように言い捨てると、最上がスッと右腕を上げた。


「私がなるわ」

「は?」

「え?」


最上の発した言葉の意味が分からず、俺も太一も変な声が漏れる。



「だから、私が本田和人君のになるわ」



「「「「「「「「「「「はぁ~!?」」」」」」」」」」」


 クラス中どころか、廊下に集っていた人だかりからも驚きの声が上がる。



「な、な、何を、言ってるんだ麗奈……お前は……」

「何度も言っているでしょう? あなたとお付き合いするつもりはないわ。それにこの前の告白の時も言ったでしょう?」

「まさか……アレは本気で……」

「そうよ。私は本田和人君の事が好きなの!! だから他の誰とも付き合うつもりはないわよ!!」

 最上の突然の告白に今度はしんと静まる教室内外。


「あ……言っちゃった……」

 ハッと気が付いたように俺の方へ顔を向けると、真っ赤になって下を向く最上。そんな様子を交互に見る太一と、どうしたらいいのか分からずに太一の方を向く俺。


「ほら……和人、返事してやれよ」

「え? あ、えぇ!? い、今か!?」

「当たり前だろ? こんな公衆の面前での告白なんだぜ? しっかりと答えてやらなきゃ」

「あ、あぁ……」


 俺はスッと最上の方へと歩いて行き、下を向いたままの最上の正面に立った。



「えぇ~っと……最上さん」

「ひゃ、ひゃい!!」

「かわ……」

 カンだ最上に思わず本心が口を出そうになるのを、慌てて止める。


「えぇっと、その……本気?」

「も、もちろん!!」

「どうして俺を?」

「え、そ、その……昔から好きだったから……」

「え? 昔?」

「あ、えっと!! ううん、それは後でいいの!! で、へ、返事は!?」

「よ、よろしくお願いします?」

「や……」

「や?」

 下を向いたままプルプルと震え出す最上。



「やった~~~~~!!!!」


 大きな声を出したまま俺にボフっと抱き着いて来た最上。



 嬉しそうに俺に抱き着いたままの最上を見つつ、俺は「助けてくれ!!」と視線で太一に合図をしたのだが、太一はそれを華麗にスルー。

 そのままいつの間にかあふれかえりそうな廊下の観客という名の野次馬を追い払っていく。


「よかったぁ~!!」

「あ、ちょっと最上さん動かないで!!」

 俺の胸にぐりぐりと頭を押しつけてくる最上。

 そんな俺たちを温かい目で見つめるクラスメイト達。太一だけはにやにやとしながら困る俺を見続けていた。





 それからその場で轟沈した基樹は、静かにその場を去っていた。誰にも何も言わずに早退したらしい。

 それまで『俺様が一番』という態度を取っていたつけが回ってきたのか、それとももともと嫌われていたのか、これ以降基樹は誰からも相手にされなくなった。学校には来るものの、誰からも話しかけられることなく、一日を過ごしているようだ。




そして俺はというと――。



「はいこれ」

「え? なにこれ……」

「何って婚姻届だよ」

「ぶっ!! え? 婚姻届?」

「そうだよ。言ったでしょ? 私がお嫁さんになるって。それに和人君もいったじゃない?」

「うん?」

「本気か? って。だから本気だよって言ったでしょ?」

「え? あ……確かにあの時……」

「だから書いてよね」

「……なぁ、本気か?」

「もちろん!!」



 平凡な俺に本当に嫁が出来るらしい。




 因みに後に知ったのだが、実は麗奈は小学生時代にも「結婚する!!」と俺と約束をしていたらしい。何しろ海外に引っ越す前は俺の家の隣に住んでいたのだった。その頃の麗奈は今とは違い金髪だったのだ。しかも子供だったからか、俺は麗奈をレナとしか言えず、そのまま覚えていた。

 

 この毎日の様に俺に結婚を迫って来る麗奈が、レナと同一人物だなんて全く思ってもいない。


 私が気づいているのだから、いつか気付いてくれるはず。麗奈はずっとそう思っていたらしい。



「ねぇ!! 早く書いてよぉ~!!」

「え、いや、早いだろ!!」

「……へぇ~。言質とったからね?」

「あ……」


 俺に向けてニコッと笑う麗奈。



 きっと近い将来、俺の隣には嫁になった麗奈がいるだろう。

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