町の本屋の看板マスコット
新巻へもん
ムーちゃん
ちくちくちくちく。
綾香嬢が針を動かしている。
いや、器用なものだった。
俺のデカい手ではあんな細かい作業をできる気がしない。
頸椎を叩き折ったり、M240をぶっ放したりするのなら得意なんだがな。
綾香嬢がふと顔を上げた。
俺と視線が交錯する。
「どうしたの?」
「いや、根詰めてやっているなと思って。疲れないか?」
「ううん。何も考えずに没頭していると嫌なことを忘れられていいわよ」
手にした布を近づけたり離したりした。
俺の方に向けてくる。
「どう? うちのキャラクターに見える?」
「ああ。シャッターに描いてるクマに生き写しだよ」
「なんか適当なこと言ってない?」
綾香嬢が疑わしそうな目で俺を見た。
俺は精一杯真面目な顔をする。
「そんなことはないぞ。もし、似てないという奴がいたらぶっ飛ばしてやる」
「まあ、いいわ。ハンドメイド感があった方が親しみやすいだろうし」
綾香嬢が作業を再開した。
理由があって俺は綾香嬢が所有する本屋の店員として働いている。
ただ、俺の外見は本屋にはちょっとばかり向いていない。
そこでお客さんの子供が俺を怖がらなくてすむようにと、カウンターに置くぬいぐるみを手作りしているのだった。
数日して、ぬいぐるみが完成する。
詰め物を目いっぱい中に詰めた体はころころとして可愛らしい。
綾香嬢がぬいぐるみを手にして、その後ろに顔を隠して話しかけてくる。
「ぼく。本が大好きなクマのムーちゃんだよ。よろしくね」
「……」
「もう。挨拶しているんだから、ちゃんとお返事してよ。ぼく悲しいな」
勘弁してくれ。
タフで売っている元傭兵に何を期待しているんだ?
ぬいぐるみの後ろから顔を出した綾香嬢が悲しそうな顔をする。
「ねえ。ムーちゃん。可愛くない?」
「い、いや。可愛いと思うぞ」
「だったら返事をしてあげて」
「でも、ぬいぐるみだぞ」
「私が魂を入れたのよ。ただのぬいぐるみじゃないわ。お店に来た子に本の面白さを伝える伝道師なの」
くりっとした四つの黒い瞳が俺を見つめている。
「……俺はスグルだ。よろしくな」
それ以来、ムーちゃんは俺の相棒として、ブックス・デイドリーマーの売上に貢献してきた。
最初は抵抗があったが、ムーちゃんを介して、小さなお客さんと会話するのにも慣れる。
ムーちゃんは特に女の子に絶大な人気を誇っていた。
「これください」
一生懸命に背伸びをして絵本をカウンターに載せてくる。
「あのね。ムーちゃん。この間の本も怖いけど面白かったよ。お化けがいーっぱい出てくるの。ムーちゃんはお化け怖くない?」
俺は会計の手を止めてムーちゃんの体をカウンターから乗り出させた。
「ぼくは勇敢なクマだからね。お化けなんか怖くないよ」
女の子のお母さんは笑いをこらえるのに必死だ。ほっとけ。
書店名の入った紙袋に絵本を入れて女の子に差し出す。
大事そうに小脇に抱えると手を振った。
「ばいばい」
お母さんと手をつなぐと店を出て行く。
自分とは縁が無いだろうと思っていた平和で幸せな時間があった。
俺の方に向きを変えて置いたカウンターの上の相棒を見下ろす。
あの子が新しい本も喜んでくれるといいねえ。
つぶらな瞳がウインクした気がした。
町の本屋の看板マスコット 新巻へもん @shakesama
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