第29話 無邪気な少女は真理を語る

 当初の忖度どおり、金田翔平には死刑判決が下った。

 しかし金田の「犯罪者は得だ」「偉いんだ」との発言は、世間の怒りと顰蹙を買い、犯罪の更なる厳罰化が加速した。

 寿司屋で迷惑行為をしただけで、少年であっても社会から排除され、自殺に追い込まれる現実を目にし、ようやく少年たちも「犯罪は割に合わない」と理解しはじめた。

 過去に犯罪をした有名人やスポーツ選手も、メディアから徹底的に排除され、「悪い事をすればどんなに才能や実力があって無駄になる」と理解した子供たちは、善悪に機敏になり、戦後からもともと下がりはじめていた犯罪率は、更に下降を続けた。

 ネットで正義の名のもとにリンチをしている輩も、軒並み逮捕され、ネットは炎上や誹謗中傷から無縁の穏やかな情報だけが流れる世界となった。

 だが、犯罪が完全にゼロになることはなかった。

皆が大人しくなった世界だからこそ、犯罪者は芸能人やスポーツ選手よりも目立つ存在となった。

 光が強ければ、影はより一層濃くなり、その価値も高くなる。

これはすべて、金田翔平という、ひとりの男がもたらした結果だった。


 金田の家族を殺した少年Aが死刑になった一カ月後、金田翔平も同じ絞首台で死刑となった。

 初雪の降る、12月の寒い日のことだった……。


 足早に人が通り過ぎる街を歩いている途中、津愚見は街頭テレビで、金田の死刑を知った。

「あ~、金田翔平の死刑って今日だったのか」

 隣に立つ中年の男性が言った。

「だれ~?」

 彼の娘だろう、8歳くらいの少女が訊ねる。

「悪い奴だよ。子供の頃に人を殺して、一度は更生したんだけど、また人を殺したんだ。結局人間は変わらないってことだな。まあ、あいつのおかげで、人をひとり殺したら死刑になるってふうに法律が変わって、マシになってんだけど」


「ねえ、パパ。死刑ってなあに?」

「悪い事したら殺されちゃうってことだよ。今は昔と違って、人をひとり殺しただけで、自分も殺されちゃうんだ」

「昔は違ったの~?」

「そうだよ。特に子供は、人を殺しても、注意されるだけで済んでいたんだ」

「ええ~、そんなの変だよ」

「まあ、変だよなぁ。でも、本当にそんな時代があったんだよ」

「昔の人って、馬鹿ばっかだったんだね」

「こらこら、口が悪いぞ」


 津愚見は無邪気なその少女の横顔を見た。

 そうなのだ。

 今までが変で、今は普通なのだ。

 幼い少女でさえ、その事実を理解している。


 人をひとり殺したら、死刑になる。

 そんな当然のことが、金田翔平という男が現れるまで、この世界には存在しなかった。

 他人の苦しみは所詮他人事であり、だからこそ厳罰化でしか、人は理解し合えないのだ。


「ねえ。パパ、知ってる? シロクマさんの毛はね。実は白色じゃなく、無色透明なんだよ!」

 そんなことを言って、先ほどの親子が、津愚見の横を通り過ぎて行った。


 津愚見はふと思い出すことがある。


 金田翔平という男のことを。


 初めて金田と会ったあの日。

 弁護士事務所で再会し、まるで兄のように頼られ、不本意にも梶原桃果との結婚を助けるかたちになってしまったこと。

 子供ができないという悩みを聞き、そして念願の子供が生まれ、幸せそうな人生を送る金田の笑顔。

 己が夢のため、一度は縁を切り、そして再び会ったとき、彼は犯罪の被害者となっていた。

 何もできぬ悔しさ、無力だった自分に対する怒り。

 そして、猛獣の覚醒。

 この世界で、誰よりも彼を理解しているという自負は、本人と会って霧散した。


 けれども──


金田のあの、死刑判決を受けたときの、すがすがしい表情を思い出す。

 そこには恐怖も絶望もなく、何かを成し遂げた男の顔があった。

 それはどこか、雲ひとつない晴れ渡った空のようで。


 無色透明な、穏やかな色だった。

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反省のカラー ~凶悪な犯罪者は更生できるのか~ 赤月カケヤ @kakeya_redmoon

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