第3話 あの日のお茶会と取巻き令嬢のあきらめ
◇◇3年前◇◇
「トラス嬢、お久しぶりです。すっかり綺麗になられましたね」と最初で最後のお茶会と意気込む私への、嘘くさいキラッキラの笑顔を貼り付けたアルベルト様からのご挨拶に感動で泣いてしまいそうだった。
「サフィール様、覚えていてくださったのですね!嬉しいですわ!それにいつも変わらずトラス家を御贔屓いただき、ありがとうございます。そのカフスボタン、やはり本当によくお似合いです。さっそく身につけていただけて、弟も喜びます」
まさかアルベルト様も、私のことを覚えていてくださってたなんて…‼︎ と喜びに打ち震えながらも、彼が羽織っているワイシャツについたカフスボタンが目に留まる。先日、弟が父と共に公爵家へ売り込みに行ったものだったため、トラス家代表としてお礼を伝える。
……大丈夫。昔みたいに、リリーと呼びかけてもらえないのも、屈託のない笑顔を向けてもらえないのも、今の私ならしょうがないわ。だって……。
「ありがとうございます。大変気に入っております。トラス嬢を忘れるだなんてとんでもない。あの頃の僕が唯一、木登りで勝てない御令嬢でしたから。よく覚えていますよ」
と社交辞令でもアルベルト様が‼︎ 私だけに向けて、少し意地悪そうに微笑んでくれた……⁉︎ 私、お転婆でよかった‼︎ 普通の貴族令嬢は、幼少といえど木登りなんてしないもんね⁉︎ 恥ずかしいけど、アルベルト様の記憶に少しでも残れたので問題なし! あのころ私に家業を継がせようと商談に連れ回してくれたお父様ありがとう‼︎
私たちのやり取りを隣で聞いていた王太子様とジュリア様が"木登り"という単語に反応し、お互いに目を合わせ、すぐに逸らす。相変わらず微笑ましい。目線を逸らした勢いで、ジュリア様が「木登りってどういうことか聞いても……?」と興味津々といった様子で私に問いかける。王太子様もいつも落ち着いているアルベルト様と貴族令嬢の私の意外な接点に驚かれたのだろう、アルベルト様と私を見比べて続きを期待されている。
アルベルト様へ目を向けると、これ以上はご自分でどうぞ、とでもいうように無言で再び嘘くさいキラキラ笑顔を張り付けてしまっている。私が話すしかないかと諦め、腹をくくる。何より、今日のお茶会の目的は「奥手の2人のために"良きお友だち"として話題提供をする」である。
……まあ、本音を言えば、アルベルト様が私との日々をどのくらい覚えているのかも気になる。5歳になるかならないかの幼い頃の話だ。私にとっては大切な初恋・アルベルト様との日々だから強烈な思い出だったが、彼はどうだろう……?
とにかく、恥ずかしくて全て話すことはできないが、この場でこの話題は避けられない。それならば少し、父を悪役にしてしまおう。
「父に怒られるので、どうかここの席だけの秘密にしておいてくださいね。」と、あえて共通の秘密という体で私が話し始めれば、王太子カップルのクスクスとした笑い声だけでなく、アルベルト様のくくくっ……という悪戯っ子のような笑い声まで聞こえる。
その笑い声に、私はかつて、アルベルト様と一緒に駆けまわったサフィール公爵家所有の森のような庭の匂いを思い出していた。
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