最後の犯行

「殺してやる…殺してやる…」

「大丈夫だよ、お父さん。天国で見ててね…」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「準備出来たか?」


「はい、いつでも大丈夫です。」


「そうか。」


話は数日前に遡る。


──────────────


「見てください、歩くと少し遠いですけど綺麗な景色のところです。」


「……行きたいのか…?」


「ダメですか?」


「ダメに決まってる、もしお前が誰かに見つかって捕まれば俺はどう生きていけばいいか…分からなくなる。」


じんは悲しそうに下を向いた。


「それは僕も同じです。

でももう二年も貴方と外に出ていない。」


この二年間、神は外に出たいなんて一度たりとも言わなかった。


それは自分の置かれた状況を神自身が一番理解しているからこそだ。


「貴方と堂々と歩けないのは申し訳ないですけど、せめて人の来なさそうなここだけは一緒に行きたいです。」


縋るように抱きつかれ、俺は心が揺らいだ。


考えに考えぬき、答えを出す。


「…………はぁ…分かった、但し平日の真夜中にしよう。

それなら人が来るリスクもきっと抑えられる。」


れいさん…ありがとうございます。」


そうして俺達は久しぶり過ぎる外出デートに向かうことにした。


──────────────


灯りのほとんど無い、月明かりだけが頼りな真っ暗な深夜。


俺と神はガードレールに腰掛け、下に見える沢山の小さな光達を眺める。


「流石に寒いですね。大丈夫ですか?」


「あぁ、お前の体温は高いからな。くっついていれば平気だ。」


頭上で愛する人の小さな笑い声が聞こえる。


「僕、貴方と出逢えて良かった。」


「どうしたんだよ、突然。」


腰掛けたままそっと優しく抱きしめられ、神の体温が身体により伝わる。


「僕は人との関わり方なんて抱くか殺すかしか知らなかったから、愛するって方法を教えてくれた貴方とこうやって触れ合えることが嬉しいんです。」


そんなの俺も同じだ。

お前に、信じてもいいと言われた事で真っ暗だった俺の世界にあたたかい光が射し込んだ。


そして俺はお前を自分のかみとして見ることで、人間ではなく、お前を信じることが出来たんだ。


「俺もお前と出逢えて良かったよ。」


背後の道路に一台の車が通る。


俺達はフードを深く被り、顔が見えないようにした。


「通り過ぎたか。」


「すみません、僕が無理を言ったから…」


「気にするな。俺も今すごく楽しいし幸せだから。」


上を見上げ、キスをする。


しばらくした後、俺達は帰るために道路を歩き出した。


「ちょっと待ってください!!!」


後ろから大きな声で呼び止められる。


「止まっちゃダメですよ。」


俺は神に手を引かれ、声に構わず歩き出す。


「待って、はぁはぁ…っお願いします、先輩!!」


腕をがっしりと掴まれ、先輩と呼ばれた。


俺を先輩なんて言う奴は一人しかいない。


「さ、猿渡さわたり…」


俺は思わず振り返る。

そこには二年前とほとんど変わらない猿渡の姿があった。


「なんで…」


「先輩…やっと見つけた。探してたんですよ!」


今にも抱きつきそうな勢いの猿渡から、神が俺を引き離す。


柚牧ゆずまき…貴様!」


猿渡は一緒にいるのが神だと分かると襟首に掴みかかった。


「よくもあんなに沢山の人を殺したな!それどころか先輩までも誑かすなんて!」


ギリギリと掴み続ける猿渡の腕に俺はしがみつく。


「離せっ!俺の大事な奴に何すんだよ!」


そう言った俺を見て、猿渡は寂しそうでもある悲しそうな目を向けた。


「先輩…どうしてこんな犯罪者庇うんですか。」

「こいつは殺人者なんですよ!何人も人を殺した!」


「知ってるよ…」


「なら、なんで!」


俺は顔を上げ真っ直ぐに猿渡を見た。


「俺が神に全ての死体を棄てるよう提案して手伝ったからだよ。」


猿渡の掴む手が離れ、手をダラリと下げる。


「嘘だ…そんなの。嘘だと言ってくださいよ…先輩。」


フラフラと俺の肩を掴み、涙を浮かべる。


「貴方はそんな人じゃなかったじゃないですか!」

「全力で仕事をして、遺された家族の方に安心してもらうために尽くしていたじゃないですか!」


「それなのに、どうして貴方が……!!」


俺は膝から崩れ落ちた猿渡の視線に合うようにしゃがみ込む。


「俺はな、人を信じられないんだよ。」

「遺族に安心してもらう?ちげぇよ、俺はただ人を信じたくなくて、でも人と関わらなきゃ仕事は出来ない、だから金は貰えない。」

「簡単に言えばみんなただの仕事相手だ。安心もクソもなかったよ。」


生きるための仕事だったから、情なんてものは1mmも湧かなかった。

神というかみに出会ったからこそ、無意識のうちにあったかもしれない猿渡への感情も今となっては欠片も無い。


「もう俺達のことは放っておいてくれ。神ももう人を殺すことは無いしお前もこんな面倒な事件を追い続けるのも辛いだろう。」


「先輩っ!俺は────」


ガサガサッ


その時、近くの茂みから音がした。


黒い影がこちらに向かって飛び出したかと思うと…


「うぐっぅぅ……!!」


あ、という間もなく隣に立っていた神が腹を抑えて崩れ落ちる。


「神っ!」


傍には血塗れのナイフを握った少女が殺気に満ちた目をこちらに向けている。


「見つけた…お前は殺すっ、何があっても…絶対に!」


「君はっ!斎藤さんの娘さんか!」


斎藤さいとう…?

確か神が手にかけた最後の被害者だ。


あんなに怒り狂っている。

そりゃそうか、父親を殺した言わば仇だからな。


猿渡が斎藤娘を必死に取り押さえる。


「やめるんだ、あいつを殺せば君も同じになってしまう!」


「うるさい!私達のお父さんを返せ!」


「神、生きてるか?!返事しろ!」


俺は神に駆け寄り、腹の傷口を強く押え止血を試みる。


「なん、と…か。」


苦しそうな顔を少しだけ笑を浮かべる神。


「お前もそいつの仲間なのか…許さない…許さない!」


「ダメだ!」


斎藤娘が猿渡を無理矢理振り払い、真っ直ぐ俺に刃を向け走ってくる。


避けられないっ!


せめてもの抵抗で腕で顔や腹を守る。


だが、その刃が俺に届く事はなかった。


「ぐぅっ…」


「なっ…なんで…」


神がいたのだ。


「僕だけならまだ見逃してあげたのに…あの人を狙ったんだ…容赦はしない。」


「はぁっ?」


神は固く拳を握ると斎藤娘を殴り飛ばした。


「痛"い"!何すんのよ!犯罪者のくせに…人殺しの癖に!」


そのまま斎藤娘に馬乗りになり執拗に殴り続けた。


「神…やめろ…お前が死んじまうから!やめてくれ!」


神の腹の傷は完全に致命傷だ。

斎藤娘は最後の力を振り絞ったのか、神を突き飛ばしガードレールまで押し倒した。


「このまま落ちて死んじまえ!」


深い崖にある道路の古く錆び付いたガードレールは、神の身体が倒れ込むと容易く外れてしまった。


「神っ!」


俺は駆け寄り手を伸ばす。


きっとこのまま手を掴まれたら俺も落ちて死ぬ。


だが…

神と死ねるのなら本望だ。


そう覚悟を決めるが、神が掴んだのは違う手だった。


「お前も道連れだ。」


斎藤娘だ。


「いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」




「嫌だ、神っ!!!やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


落ちる瞬間、

神がこちらを見つめて言った。




『ありがとう』





そのまま二人は崖の下へと消えていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


二週間後、警察から正式に『梶浜町連続男性失踪事件』改め『梶浜町連続男性誘拐殺人事件』の犯人である、柚牧 神の死亡が公表された。


これにはネットも少しざわついた様子だった。


だがざわついた原因はそれだけではなかった。


二週間で三件程殺人が起きている事とその犯人だ。


犯人の特徴は、

『痩せ型』『ボサボサの髪』『無精髭』『3~40代男』

その人物を俺は知っている。


「猿渡!目撃者の聴取に行くぞ!」


「はい!」


俺は”奴の犯行”を止めるべく、捜査に向かった。

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奴の犯行 しげふく @abc123KAITOLEN

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