最終話 本当の神

 奈々衣お姉さんに会えないのは寂しいけれど、この世界にはクーコやクーパ、そしてステラがいる。

 それで十分だった。


「ステラ、行こう!」

「はい、ご主人様」

「もう……ご主人様じゃなくてショータって呼んでよ、それに敬語も禁止ね」


 ステラは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、それでも嬉しそうに俺を見つめる。

 そして……。


「うん、ショータ!」


 ステラが、俺をショータと呼んだ。

 ステラだけが、俺をショータと呼んでくれる。

 

「俺の名前……ちゃんと呼んでもらえたの初めて」


 それが何となく嬉しくて、つい笑顔になってしまう。


 俺が喜んでいると分かったのか、ステラは何度も嬉しそうにショータと呼んでくれた。

 その姿が可愛くて、俺もステラの名前を呼んでしまうのだった。


 後ろでディルが口笛を吹く。どうやら祝福してくれているようだ。


「さっきは変な事言って悪かったな。何だかお前らを見てると、大の大人が迷信に囚われてるのが情けなく思えてきたぜ。所詮、迷信は迷信ってこったな。嬢ちゃんの代金は要らねえ、俺からの餞別だ。二人とも幸せになりやがれよ!」


 やはりディルは初めて会った時と同じで、随分とお人好しのようだ。

 それに素直に祝福されたのが何だか恥ずかしくて、急にステラを意識してしまっていた。それはステラも同様らしく、お互いに目が合っては逸らしてしまう。


(どうしよう……言うべきだろうか)


 言うべきか迷ったが、ステラなら言った方が喜ぶかもと思い、俺は大事な事を伝える。


「その……夜の方も、その内お願いしたい……かな」


 それを聞いて、ステラも恥ずかしそうに耳元で囁く。


「夜伽なら任せて、思い切り満足させてあげる」

「ははは……お手柔らかに頼むね」


 ステラに本気を出されては脳破壊されてしまうので、そこそこ手を抜いてもらわないと本当に身が持たない。

 それでも、言って良かった。どうやら喜んでくれたようだ。

 

「何じゃ二人だけで面白そうな会話をしおって! 何か知らんがわしもとぐぞ、とぎたいのじゃ!」 

「うるさいなぁ、今良いところなんだから邪魔するなよ」

「何じゃと! それにステラだけ名字を貰ってズルいじゃろ! わしも今から『バグ・ポコティン』と名乗るからな! 仲間外れは良くないのじゃ!」


 相変わらず空気を読まないバグに呆れてしまう。俺はステラに、これから一緒に旅をする仲間だとバグを紹介した。


「それにしてもお主、クーコやクーパはどうするのじゃ? あやつらともいい仲だったじゃろ」

「え? そりゃもちろん好きだと伝えるよ? だってこの世界ってそういうゲームでしょ?」

「……お主、結構最低な奴じゃな」

「お前だけには言われたくないし」


 バグが割とドン引きしていた。

 え? 俺が悪いの?


「ねぇ、ショータ……それ、本当?」

「え? あ、いや、その、でも、だって…ねぇ?」

「あーあ、わしは知らんぞ。監禁でも何でも、されてくるのじゃ」


 その後、体の関係はステラとだけだからと約束し、何とか理解を得ることが出来た。


 しかし、次々に出会うキャラ達は、なし崩し的に既成事実を作ろうとする者も多く、流されてしまう俺がいた。

 

 そして遂に堪忍袋の尾が切れたステラが、世界を滅ぼそうとし始める。


「こんな世界……無くなってしまえばいい……」

「待てステラ! 俺は今でもステラが一番なんだ!」


 とにかく俺は平謝りしてステラをなだめた。


「バグ! お前も早く一緒に謝ってくれ! 俺が監禁されても良いのか?」

「ブハハハ! いい気味じゃ! わしをこき使った罰が当たったんじゃ」

「俺が監禁されたら、お前はこれから一人で旅する事になるんだぞ! 真っ暗な森の中で一人で寝る事を想像してみろ、凄い寂しいぞ! それでも良いのかっ!?」

「何ぃ……ぐぬぬぬぬぬ!」


 その後、俺とバグは二人でとにかく平謝りして何とか許してもらった。

 

 それから間も無くして、神殿に立ち寄った俺達に神官が駆け寄ってくる。何でも、神から御告げが届いているとか。

 神官から渡された御告げは、何ともアナログなお手紙方式だった。


『私の勇者君へ。

 私達は無事に元の世界に戻ることができ、平和に暮らせているよ。それもこれも、全部ショータ君のおかげだね。助けてくれて本当にありがとう。皆んなも凄く感謝しているよ。

 それでね、ショータ君を助けたいって事で制作チームの皆んなが集まってくれたの。何とか出来ないかって案を出し合って、遂に助ける方法を見つけたよ。

 その方法なんだけど、ゲームを全てクリアすると、クリア報酬として死者蘇生薬が手に入るようにしといたよ。チートアイテム過ぎて、全クリしないと手に入らない仕様になっちゃったけど、ショータ君なら余裕でしょ?

 それじゃあ、クリアしたらまた今度会おうね。頑張ってね。

 奈々衣お姉さんより』


 それを読んだ瞬間、涙が溢れた。

 良かった……お姉さん達は無事に現実世界に戻れたようだ。

 というか死者蘇生薬とかありなんだ、凄いなゲームって。


「あと、こちらはこっそり読むように……と神様から言付かっております」


 神官から2通目の手紙を渡される。

 どうやら今度は別の人からの手紙らしい。


『俺達の勇者へ。

 これは奈々衣くんに口止めされていたんだが、同じ男性の俺としては絶対に伝えておきたいと思い、この手紙をこっそり送る事にした。

 いいか、あまりハメを外し過ぎるなよ? 全部見られてるぞ。

 たまにモニターを見つめる奈々衣くんの表情がヒクヒクしてるのを見かける。

 やろうと思えば勇者の精欲をなくす事も、登場人物全員の性別を男にする事も可能だ。

 まぁその時は俺達が全力で阻止するつもりだが、俺達勇者だった者は全員、女性恐怖症になっちまってる。奈々衣くんに対しても、強く出ることが出来ない。だから、ショータ君も気をつけてくれ。

 読んだら、この手紙はすぐに破棄するように。

 淫獄クエストチームリーダー 玄野より』


 俺の涙は一瞬にして引っ込んだ。

 今までの行いが全て筒抜けになっていたとは思いもよらなかった。


 ステラとのあんな事も、寝ぼけてベッドに入ってきたバグとのあんな事も、クーコやクーパ、ネトリィや様々なキャラ達とのあんな事も全て見られていたという事実。


 奈々衣お姉さんの手紙が、どこか素っ気ないと感じたのは気の所為ではなかったらしい。再び一通目に目を通すと、『ショータ君なら余裕でしょ?』という文字に、嫌な汗が流れた。


 暫く放心状態になった後、俺は現実世界に戻るのをやめる事にした。

 きっと、そうなるであろう事を見越してお姉さんも口止めしていたのだろうが、この状況を何人にも見守られていたと知った今、現実世界に戻る事が怖くて仕方がない。


「さーて、これからは心を入れ替えて、誠実にのんびり頑張りますかぁ……」


 わざとらしく口に出す。

 これでお姉さんの溜飲が下がる事を期待するばかりだ。

 

 その後、全然クリアしようとしない俺を見兼ねて、お姉さんの方からゲーム世界へとやって来た。

 どうやらバグが一枚噛んでいたようだ。

 というか、バグがいれば行ったり来たり出来るらしい。

 そういう事は先に教えとけよと思った。

 

 お姉さんと出会って感動の再会の後、すぐに詰め寄られ、強制的にクリアさせられた俺は現実世界へと連れ戻された。


 ひとつ嬉しい誤算だったのは、現実世界ではあまり時間が経っていなかったことだ。

 そもそもゲームの中と現実世界の時間の流れは違うらしく、いなくなっていたのは実質1日程。

 それでも親には心配されたし、その後にしこたま怒られたが、夏休みはまだ半分以上残っていた。今もちょくちょくゲームの世界に入っては遊んでいる。


 ちなみに奈々衣お姉さんや玄野さん達は、新しくゲームソフト制作会社を立ち上げていた。


 一応は玄野さんが社長のようだが、肩身の狭い思いをしているらしい。

 その理由として今回の事件はバグによるものが大きいが、そもそもあんな内容のエロゲーを作った玄野さんが悪い、という事で意見が纏まったらしい。

 それに関しては、俺も同意しかない。


 バグも人間の常識がない故に盛大にやり方を間違えてしまっただけで、実際は玄野さんの願いを叶えようとしていただけなのだと分かった。


 バグがやたらと人の死を楽しむ傾向にあったのも、淫獄クエストが如何にモンスターに囚われて死ぬかを楽しむゲームである為、人間は死ぬのが好きなのだと勘違いし、一緒に楽しんでいただけらしい。


 そういうのも含めて、玄野さんは針のむしろなのだとか。

 ただ本人はエロゲーを頑張って作っていただけなので……少し可哀想な気もする。


 それから暫くして、女性恐怖症から立ち直った玄野さんから「もうすぐ新しいエロゲーが出来るから、完成したら二人でこっそり行かないか?」というお誘いがあった。

 俺は二つ返事でオッケーしたのだが、その企みはステラ達によって阻止された。

 バグがチクったのだ。


 ステラ達は自分達の事を棚に上げ、「R18の世界は子供にはまだ早い」と言って行かせようとしない。

 でも絶対にそんな理由ではないと思う。

 以前、それに対して反論した事があった。しかし、結果は……。


「精神年齢だけで言えば、皆より俺の方が歳上なんだけど――」

「ショータ……まだ浮気する気?」

「ショタ殿、私というものがありながら」

「ショータ君ねえ、いつか刺されるよ? あと玄野さん……いや、玄野の野郎は現実世界に戻ったらぶん殴るわー」


 俺が不満を言うと、瞳からハイライトが消えた三人がにじり寄ってきた。

 とても怖かったとだけ言っておく。


「それに玄野あの野郎の事だから、どうせまた碌でもない内容だよ、きっと」


 そう言われて、確かにそれもそうだなと思い、新作エロゲーへの未練は一瞬にして無くなった。


 その代わり、今度は普通のゲームを作ってもらうようお願いした。

 その時は、皆んなで遊びに行こうと思う。

 完成する日が楽しみだ。



― 完 ―















 遂に完結です。

 ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました😭


 シリアスな内容も多かった為、せめて最後だけでもと明るいハッピーエンドにしてみました。

 その結果、ショータ君がヤリチン野郎になってしまったのが悔やまれますが、それ以外は概ね大満足です。


 もし良ければ、評価等頂けましたら大変嬉しゅうございます。

 既に評価頂きました皆様方には、とても感謝しております。



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【完結済】『淫獄クエスト』 死にゲー世界に転移したけど、死なせてもらえないこともあるんだね。 北乃 試練 @hauma5670

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