第9話 大男の出現 

「みんな!この人、占い師なのよ!占ってほしい人は山を下りたら行くといいわ!よかったわね、このイベントがあって。一人で登るのもいいけど、こうしてみんなで登るのも楽しいもんでしょ」


 宇慈子は七未子をみんなにお披露目すると蚕子がまっさきに質問した。


「手相とか人相とかで占うんですか?」


「いや、私は時を元にした占いよ。その人がいまどんな時にいるかってことで占うのよ。まあ、詳しいことは企業秘密ね!」


「そりゃ、そうだよ。お金も払わないでいろいろ聞いちゃダメだろう」


 勇太が七未子の肩を持った。


「ここからさらに先に行く人や戻る人もいますから、お弁当を食べる前に記念撮影をします!」


 職員の清水が呼びかけたので、全員がそそくさと集まって来て、市子、丹子、蚕子の三姉妹を中心に据えて、その周りに競うように並び始めるのを見た宇慈子は、にらむような視線を三姉妹に投げかけた。


「撮りますよ!はい、チーズ!」


 全員での写真撮影が終わると、今度は三姉妹と個別に写真を撮りたいと言う参加者が続々と列になって順番に三姉妹と写真を撮り始めた。


「何よ、いい気になって!かならずメインの立場から引きずり降ろしてやるわ!」


 宇慈子はむらむらと怒りが湧き上がってきたがどうすることもできず、歯を噛み鳴らして悔しがるしかなかった。


 天候は、そのころから、一段と悪くなってきた。


「だんだんガスって来たな」


 勇太が隠れて行く景色を見て残念そうに口走った。


「でもさ、山っていろいろな景色に出会うから、そういう方が思い出になるぞ。それに、いい天気といい景色は拝んだからあとは下山するだけだからな」

往々にしてプラス思考の高校生、浩平が言い返すと七未子も賛成した。


「きみ、良いこと言うわね。そうよ、そこが山のいいところよ。人生も谷あり山ありだからね」


「うわ、占い師さんがいうと余計に説得力があるな!」


 そんなやり取りをしているうちに下山の時間になった。


《市子たちに先に下山されては元も子もなくなってしまうわ。こうなったら先に出発しないと……》


 宇慈子は高校生グループの尻を急き立てて、ふたたび先頭で出発した。


《これでいいわ。待ってなさいよ!》


《赤い帽子をかぶった蚕子を捕まえたら、煮るなり食べるなり好きなようにしていいわよ!》


 宇慈子は、濃い霧で見つかりにくいことをいいことにグループのいちばん先頭から大男に神通力で邪念を送った。


 こうした神通力を使うようになると、宇慈子はだんだん人間離れしていってしまうのだが、宇慈子にはそれはもう見えないのだ。


 ガスった登山道はことに見通しが悪くおそるおそる一時間ほど歩いたころだった。


《今よ!出てきなさい!》


 宇慈子が念ずるやいなや、後方から歩いて来る蚕子の目と鼻の先の霧の中からまるで腹をすかせた子どものような顔をした大男がふいに現れた。


「ギャー、化け物よ!」


 蚕子と他の高校生たちは、自分たちの背丈の倍もある大男を見て、あわてふためいてその場に釘付けになった。


 大男が胸を叩いて赤い帽子をかぶった蚕子めがけて近寄って来ると、おどろいた蚕子はとっさに手に持っていたゴミ袋を大男に投げつけると、くるりともと来た登山道に背を向け逃げ始めた。


 すると、思いがけないことに、ふいに鼻の頭に餅が当たった大男は、その餅のいい匂いで、やにわに動きを止めると、蚕子を追うよりも、餅を拾って食べる方に気を取られてしまった。


「よし!今のうちだ!あいつが、餅に気をとられている間にさっさと逃げよう!」


 勇太がそうわめくと、大男の姿が影も形も見えなくなるまでわき目もふらず一目散に登山道を駆け上がった。


「おい!どうしたんだ!大丈夫か?何があったんだ?」


 ものすごい形相で現れた高校生たちの姿を発見した清水が、甲高い声を上げると、そのグループにいた市子と丹子は、蚕子のおろおろした顔を食い入るように見た。


「ほんと、びっくりしたんなんてもんじゃないわ!私たちの背丈の倍もある巨大な男に追いかけられたのよ!」


「早池峰山で大男?まるで遠野物語に出て来る山男の話じゃないか!」


 清水は目を皿のようにして口走った。


 市子は首をかしげたが、丹子はすかさずピンときて、市子にそっと耳打ちした。


「きっと、宇慈子の仕業に決まってるわよ……」


「ええ、やっぱり何かたくらんでいるのね……」


 丹子は有無を言わさない態度で蚕子を呼んだ。


「宇慈子のやつ、いよいよ何かおっぱじめる気よ!今どき、伝説にあるような大男がいるわけないじゃない!この先も、まだ何か出てくるかもしれないわ!これじゃ、みんなでいっしょにいたって危ない目にあうに違いないから、私たちで食い止めるのよ!」


 三姉妹は、後から登って来た宇慈子の姿を目で追うとなにやら一人でぶつぶつ言っているのが見えた。


《ちくしょう!図体だけでかいまるで頭の弱い大男のバカめ!あんな餅に惑わされて、肝心なことをぜんぶすっ飛ばすなんて……》


 宇慈子がかんかんになって悔しがっている様子が手に取るようにわかった。


《まったく、すっかり失敗をくらったわ!山男なんかあてにしたのが間違いだったわよ。もっと、マシな奴を呼びださないとひねりつぶせないわね!ようし!見ていろ!》


 すると、どこからともなく、不気味な動物の咆哮があたりに響いて一同はぎょっとした。


「おいおい、いまどき、オオカミなんているわけがないし……いたら、大スクープだぞ!あっ!痛てっ!」


「見ろ!サルの集団だ!木の上から木の実を投げてきやがったぞ!」


 黒山のようにいるサルが誰かれかまわず、見境なく木の実を投げつけてきたのだ。


「痛てて!何だよ、この山のサルっておかしくないか!サルが意識的に人間に物を投げつけるなんて見たことないぞ!」


 居合わせた放送局のスタッフたちは、サルの異常な行動に頭にきて、落ちている石ころを拾って負けずに応戦し始めた。


 七未子も石を見つけては、サルに投げつけると、サルはキャッキャッ言いながら、逃げて行った。


「なんだい、口ほどにもないサルだ!」


「あっちを見て!オオカミよ!じっとオオカミがこっちを見てるわ!」


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