第8話 早池峰山登山
宇慈子は自分を振り返ってはっとした。
《そう言えば、三姉妹への身を焼くような嫉妬が始まっていたんだわ!この占い師によってあらためて気づかされたわね。ああ、わずらわしい!はやくあの三姉妹をやっつけないと、苦しくってしょうがないわ!》
宇慈子の心は、知らぬ間に自らには気づくことのない毒々しい嫉妬の塊に覆われてしまっていたのである。
宇慈子は納得したような顔で、七未子の占いボックスを出ると心に決めた。
《三姉妹のうち、蚕子は同じ高校の同級生ときているから、蚕子だけでも、痛めつけるチャンスはいくらでもあるわ。そうね、毒キノコでも食わして苦しめてやるわ!》
宇慈子は、多くの人がいちばん間違える毒キノコとして、シイタケによく似ているツキヨタケを採って来て、蚕子のランチに忍びこませることにした。
「蚕子!私、シイタケってダメなのよ……あげるわ」
宇慈子は食堂で蚕子に声をかけた。
「それなら俺にくれよ!俺、シイタケは大好物なんだ!」
こともあろうに、宇慈子が気に入ってる勇太が、毒キノコとは知らずに口を挟んできたから、さあ大変だ。
《何を言うのよ!邪魔者が入ったわ!》
「じゃ、勇太にあげていいわよ!」
シイタケなど、どうでもいい蚕子が勇太に譲ると宇慈子は青くなった。
「ガッシャーン!」
文字どおり、好きな勇太に毒キノコを食べさせるわけにいかず、困った宇慈子は、だしぬけに、ランチを床にまるごと落とすと、その音は食堂中に鳴り響き、ふいに手が滑ったと言い訳した。
「やっちゃった!恥ずかしいわ……」
宇慈子は地団太踏んで悔しがったが、どうすることもできなかった。
《違う手でやってやるわ!》
放課後になると、宇慈子は、勇太が言っていた早池峰山登山イベントに自分も参加して、イベントの最中に三姉妹ごと始末してやろうと考え一目散に市役所に向かった。
もちろん、蛇の道は蛇だ。
鬼神だったときに得た神通力がわずかながら身体に残っていることを感じた宇慈子はその通力を使って遠野に潜む見えない怪異を呼び出してそいつらに実行させようと考えたのだ。
《早池峰山には背が高く凶暴な山男やオオカミが住んでいるらしいから、山へ導いて、山男の餌食にしてやるのがいいわね》
宇慈子は掲示板に貼ってある早池峰山登山ポスターを見ていると、ふいに職員が説明をしてくれた。
「小田越から御金蔵を通って頂上にいくコースですよ。片道二時間半くらいですから初めての方でも十分に歩けますよ」
するとそこへ偶然にも七未子がやって来たのだ。
なにしろ、七未子も、元々、山が好きで、放浪先ではかならず現地の山に登ることにしようと決めていた。
「あらさっきの占い師さんじゃない!」
宇慈子が先に気がついて声をかけた。
「ああ、あなたね。私、せっかく遠野に来たのだから、遠野三山に登ってみようと思ってね。あなたも登るの?」
「ええ、遠足で一度行ったきりだからもう一度登ってみようと思って……」
「そうなんだ!知ってる人がいっしょだと心強いわ」
七未子もそう言って返したが、なんだか、心の中では別のことを考えていた。
《この子といっしょか……何か不安だわね。何か良くないことに巻き込まれそうな予感がするわね》
占い師の第六勘と言うかなんと言うか、七未子はいつになく胸騒ぎを覚えた。
さて、当日は天候に恵まれ晴天の青空だ。
当日はおおぜいが集り、三姉妹のほかに百名の定員いっぱいの人数となった。
市子は大学の仲間といっしょで、丹子は放送局が主催者の一つになっていたので取材もかねていた。
やがて、主催者の市の職員、清水次郎が中心となって、イベントの開幕式が行われ、三姉妹が紹介され、市子が代表して挨拶した。
「早池峰山は女神の守る山よ!美しい自然を満喫して楽しい一日にしましょうね!」
清水は三姉妹がまるで女神のようだと思いながら出発の合図を出した。
「それじゃ、時間になりました!グループごと自由に出発してくださーい!」
「みんな、早く行こうよ!私、足には自信があるわよ!」
宇慈子は蚕子や勇太と顔を会すやいなや、すたすたと登り始めた。
「宇慈子のやつ、やけに元気だな!負けるか!」
高校生グループが先頭を切って登り始めるのを見た七未子は、なんとなく、宇慈子が気になって、いっしょについて行くことにした。
山の天気は変わりやすい、しばらく登るとあっという間に、厚い雲に覆われてきて、霧まで出て来たのだ。
やがて、シラカバやトドマツの林を登って中腹の御金蔵にさしかかったときだ、まるでオオカミの雄たけびに似た声が聞こえてきたのだ。
「何かしら、イヤな声ね。早池峰山って今でもオオカミがいるの?」
「えー聞いたことないわ」
蚕子はふと地面に焼いた餅が落ちているのを発見した。
「何よ!誰かの食べかけかしら?だめね!こんなところに捨てて行くなんて!マナーの悪い人がいるのね」
蚕子は仕方なく拾ってビニール袋に入れて持ってあがることにした。
すると今度は、太鼓のような稲妻の音がするとともに、急に強い雨が降って来たのだ。
「えー!こんな天気予報だったかしら、大荒れになってきたわね!」
登山者はぞろぞろと登っているうちに早いグループ遅いグループとグループごとに離れ離れになって登って行くと、宇慈子は蚕子も含め高校生グループとなって十名ほどで進んでいたが、その一方で、市子や丹子のことも絶えず気にしていた。
《こうなると、さしあたって蚕子から血祭りにあげてやるわ。そうしたら次に姉たちの方に行ってやっつけてやるかな。でも、あまり早くから手を出すと警戒されてイベントが中止になってさっさと下山となったら困るわね。とりあえず、山頂についてから帰り道に手を下すことにしよう》
そう思って山頂までおとなしく登って行き、やがて、海抜一九一七メートルの早池峰山の山頂に足を踏み入れると、すばらしい雲海がはるかに続く絶景が目に入った。
さらに人目を引く赤い屋根の避難小屋と、その周りにまばらに生えている高山植物の間から、ごつごつした蛇紋岩が顔を出しているのが見えた。
「山頂は気持ちがいいわね。途中の景色も楽しかったけどね!このくらいの標高じゃきつくないわ!さすが二千メーター近くの山だとほかの山は眼下に見えるってわけね。これだから山登りは止められないわ!」
七未子は心地よい風に頬をなでてもらいながらつぶやいた。
七未子の先祖の美奈も山登りが好きだったと秘伝書にあったのを思い出すと、その美奈のおかげで占い師になったのだから何から何まで似ているのかもしれないと思ったりもした。
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