第7話 七未子の不安

 一方、三姉妹も同じような年ごろに育つと、長女の市子は高校を卒業したあと仙台にある大学に進学し、政治学を専攻して将来は政治家になる道へ進み、次女の丹子は大学へは進まず、自信のある自分の声を武器に地元の放送局のアナウンサーとなった。


 さらにまた、三女の蚕子はまだ高校生で、宇慈子と同じ高校に通って学園生活を謳歌していた。


 三姉妹は人間をやりながら、宇慈子の監視は続けていくと、宇慈子は幼いころは、かつて鬼神だったころの毒々しい本性を露わにすることはほんのわずかで、それも無意識に出てしまう程度だった。


 ところが、大人に向かうにつれ、しばしば、そのおぞましい顔を見せることが出て来るようになると、自分に歯向かうものや、嫉妬を覚えた相手を叩き潰すようになり、いったんその本性がでると自分でも制止することができなくなるのだ。


「まあ、そこが人間になれるかどうかの肝心な点よね。さて、そろそろ、宇慈子が人間になれるかどうか本気になって、試してみる時期がきたわね!」


 市子たちはある試みに出た。


 三女の蚕子はいちばん上の姉の市の器量が良いのに嫉妬して姉の大事にしていた鏡を隠れて破壊してしまうと、市子は市子で、二女の丹子の文章を書く才能に嫉妬して、丹子の大事にしていた筆を折って捨ててしまった。


 さらに、そこへもってきて、二女の丹子は三女の蚕子が商いの才に長けていることに嫉妬して蚕子の算盤を粉々に壊すなどしたから、こうして三人の仲が悪いことが世間におおっぴらに広まると、やがて宇慈子の耳にも聞こえてきた。


「花巻家の三姉妹は、美人ではあるが、大変なやきもちやきらしいぞ!」


 宇慈子ははじめ、ろくにどうとも思わなかったが、そのうち、毎日のように三姉妹のうわさに花が咲くようになると自分以上に三姉妹のうわさの方が話題になることに腹を立てはじめたのだ。


「なんてことなの!三人にとりつき殺してやる!」


《いやいやなんてことを思うのかしら……私は人間にとして生きて行くんだからそんな鬼みたいなことを思っちゃだめだわ》


 宇慈子は激しい嫉妬心を抑えながら我慢をしていたが、日を追うにつれ、以前の嫉妬深い心が徐々に顔をのぞかせ始めたことに自分自身、深く気づくことはなかった。


 宇慈子は同じクラスの佐々木勇太という男に好意をもっていたが、ある日勇太たちの会話が耳に入って激怒した。


「おい、花巻ホテルの三姉妹は美人だからさ。花巻温泉祭りの期間に行われる三姉妹と登る早池峰山登山イベントってやつに参加しないか?」


「だけど、三姉妹って、とほうもなく仲が悪いってうちの親が言ってたぞ!目の前でケンカでもされたらおそろしいな……」


「えっ、そうなの?蚕子に聞いてみるか?」


「ばか、そんな一家の恥を言うわけないだろう!」


「あっ、そうか!それも一理あるな……」


《何よ!少しくらい美人だって鼻にかけて、この町一の美人は私なのに!そういう話を聞くといらいらするわね》


 宇慈子の嫉妬の炎はめらめらと燃え始めると、三人を何とかして追い落としてやりたいと思い始めたのだ。


 宇慈子は、そうは言って、自分の将来を気にしていたので、自分の未来を占ってみたいと思うようになったが、よりによって、この町には占いなどやっている場所はなかったために、電車に乗って、仙台まで足を延ばして占ってもらったことがあった。


「はても、あなたは人間離れした不思議な手相をしている。だとすると、大人になったらなんでも思う通りになるような人生になることは間違いないが、ただし、それは二十歳までの行いによるようだな」


 ほめられたような、警告されたような煮え切らぬ言い方をされたので、他にも、違う占い師にみてもらおうと思っていた矢先、町にやって来た七未子の占いボックスに目がとまった。


《あれっ!この町には占いなんてなかったけど、いつからできたのだろう?》


 宇慈子はさっそく占いボックスに入った。


 七未子は、目の前に座った宇慈子と、真正面から顔を合わすと、とりわけ美人顔だが、わけてもギスギスした喋り方が気になった。


「それじゃ、まずはじめに、あなたの生い立ちを聞かせてくれる?」


「えっ、生い立ちって?」


「まあ、生まれてから今日まで何があったかを簡単でいいから教えてくれる?」


「ああ、そういうことね。そうねえ、生まれてから十七年たつけど、とくに大きな病気やケガもないし、何も悪いことはなく苦労もなく楽しい日々を過ごしてきたわ」


「それは幸せだわね。でもこの二年間、なにかで困ったことや、イヤだと思うことが出て来たでしょ?思い出してみて!なにしろ、私が見たところあなたは二十歳までのあと三年、何が起きるかわからないから、要注意ね!」


「そう言われると、生活には不自由はしなかったけど、この二年間、心に重たくのしかかることがあったわ。まあ、言えないけどね」


「やっぱり、そうね。とりわけ、あなたにとって、二十歳までの五年間は、とりもなおさず不運なことが現れる時期よ。つまり、現在は、その二年目だからね、これから、ますます大変になるから、頑張って乗り切らないとね」


「えっ!不運なことが現れるって何なの?」


「ああ、つまりね、あなたは生まれてから十七年間、まさしく苦労なく過ごしてきたと言ったわね。そんなふうに、生まれてから最初の十五年が順調にいく人生の型を順風スタート型人生っていうのよ。だけど、この人生の型は、十五年が過ぎたあとの次の五年間は、不運期と言って苦労する時期がやってくるのよ。あなたは今ちょうどその真ん中ぐらいにいるわけよ。さっきも尋ねたように、今、困ったことがあるでしょう?それはね、二十歳になるまで解消しようと思っても、いとも簡単に解決することは無理なことだから、じっと待つしかないのよ。仮に一つが解消したとしてもまた次の問題が出て来るわ。とにかく、二十歳までは、じれったくても短気をおこさないことね。無理やり何とかしようとすれば傷が深くなるだけよ」


 七未子がそう話したとき、宇慈子の目がぎらぎら燃えるように輝いたのを見てはっとした。


《この子は一筋縄ではいかない、何か謎めいたものをもっているわ。あと三年間、大丈夫かしら?》



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