第6話 宇慈から宇慈子へ

 広瀬川の河原では前の橋神が嫌がっていたように刑場となって罪人が処刑されることがよくあった。


 初めは泣き叫ぶ罪人や家族を見て愉快に思い面白い橋の神になったと喜んでいたが、ある時変わった処刑を目にした。


 日本人ではないポルトガル人の神父が連れて来られ雪の降る中、裸にされて凍り始めた池の中の杭に縛りつけられた。


 それは、水責めと言う刑だったが、宇慈は、外国人ということもあってめずらしくかわいそうに思い、役人に化けて声をかけた。


「この寒さでは死んでしまうぞ。何でも信仰を捨てれば助かるそうじゃ。強情を張らず信仰を捨てると言ったらどうじゃ」


 すると、神父は言った。


「はるばる日本の地に来たのは神の定めです。ここで信仰を捨てれば神の定めに逆らうことになります。このまま死んで天国に入ることが光栄なのです」


 そう言って神父は凍死したが、宇慈は初めてこのような人間に会った。


 その次の日は親子だった。


 子供は乳飲み子や幼児とその親だったが、全員が処刑され刑場に晒されると、それを見た宇慈は何かを想い出した。


「そういえば自分も同じ目にあった気がするわ」


 自分の兄が優秀なのを嫉妬されて、一家で無実の罪を背負って斬られたのを想い出したが、それが鬼女になったいちばん最初のきっかけだったのだ。


 やがて宇慈の心に変化が始まった。


 ちょうど幼児の処刑があったが、宇慈は幼児を助けようと抱えて逃げたが、逃げる途中妖怪でさえ斬ることができるという不思議なの刀で、とうとう、斬られ死んでしまったのだが、幼児を救ったという善なる行動のおかげで、それを見ていた天の神々が宇慈を地蔵という地方の小神に生まれることを許したのだ。


 そして、今度は、慶長三陸津波が起きると、仙台平野にも津波が押し寄せてきたが、宇慈は大きな壁となって津波から子供の命を救ったため、やっと、天上界の女神としてに生まれることができたのであった。


「やっと鬼女から女神になれたわね!」


 喜んだ三人の女神は宇慈を、片羽山の女神として連れて帰って行ったのだった。


 創作演劇はここで終わった。


「なかなか面白い物語だったわ。その土地土地で、いろいろな話があるわね。さて、温泉に入って、おいしい地元の夕食を食べてゆっくりしょう」


 七未子は公民館を出ると旅館にもどった。


 だが、この創作劇はまったくの絵空事ではなかったのである。


 片羽山の女神になった宇慈は、そののち、数百年の間、女神としての務めを果たすと、今度は人間になりたいと思い始めたのである。


 なぜならば、いつもフワフワしている女神には実体と言うものがないが、人間にはちゃんとした身体があるからであり、それゆえ、宇慈には押しも押されもしない人間になって、思い切り活動したいという願望が生まれたのだった。


 なにしろ、宇慈は人に尽くして女神になったのだから、当然のことながら、人間になる資格ができたものと考えたのだ。


 何よりかにより、人間と女神との違いはそれほど大きいのかと言えば、女神は成長も老化もないが、人間は身体をもったおかげでものに頼らないと生きていけない上、子供から成人、成人から老人へと変化しなくてはならない。


 こうした生身の身体を維持していくためには食べたり寝たり学んだりと厄介なことが多い上、他の人間とうまくやっていかないといけないから、それに失敗すると人間をやっているのが耐えられなくなって、もう一度、鬼に転落しまうのだ。


 つまり、よくいう鬼というのは、人間でありながら人間の心を失って、同種である人間を殺したり煮たり焼いたりする人間のことだ。


 そして、人間である鬼から、さらに肉体を失って、鬼神になってしまうともとの宇慈がそうだったように人間の生気、生命力というものが食べ物になるから人間から恐れられ嫌がられて、人間からはほど遠い存在に逆戻りしてしまうのだ。


「なんとしても人間になる!」


 宇慈子は固く心に決めた。


 そして、とうとう北上宇慈子という名前で花巻温泉のとある旅館の娘として生まれることができたのだが……


「宇慈子は本当に人間としてやっていけるのかしら?」


 遠野の三人の女神は、ろくすっぽ数百年しかたたないうちに宇慈子が人間として生まれたことを知って、次女の丹が疑うような口調で文句をつけた。


「欲望の多い人間として生涯をまっとうすることは、それこそ、修行の足りないあの女には無理よ!とかくするうちにボロを出して、元の木阿弥になるのが関の山よ!」


 長女の市はさすがに炯眼だった。


「図星だわ!だとすれば、私たちも、しばし人間に身を変えて、人間に被害がでないように宇慈子のそばで監視するほうがいいわね」


 三女の蚕がくすくす笑って付け加えた。


「それじゃ、こうしましょう!大きい姉さんは市子、小さい姉さんは丹子、私は蚕子って名前で、花巻温泉随一のホテルの三姉妹に身を変えて、宇慈子の嫉妬心が露わになるかならないか見届けてみましょうよ。なにしろ、ちゃんとした人間になるためには、こっぴどい嫉妬心があっちゃダメでしょ。女神の時は、たまたま、克服できただろうけど、勝手気ままな心というものを遮るものを持たない人間という生き物になったら目がくらんでしまうからね」


 三人の女神はけろりとホテルの三姉妹に生まれると、宇慈子とは幼なじみとしての間柄で生活を共にしていったのだった。

 

 やがて、その宇慈子も高校生となり、花巻の町では評判の美人として育っていった。





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