第5話 三人の女神

 遠野の地に市(いち)、丹(に)、蚕(さん)の三姉妹が暮らしていた。

三人は、かつて、鳥だった。


 市はホトトギス、丹はウグイス、蚕はヒバリだったが、ホトトギスはウグイスの綺麗だがのんびりした鳴き声を嫌い、さらにウグイスはヒバリのせわしく落ち着きのない鳴き声を嫌い、ヒバリはホトトギスの自らと似た賑やかな鳴き声を騒がしいと感じて嫌っていたのである。


 三羽は、初めは早池峰山でいっしょに鳴いていたが、エサの取り合いになったり、鳴く場所をせめぎあったりして、どんどん仲が悪くなったため、ホトトギスは早池峰山の麓を、ウグイスは六角牛山の麓を、ヒバリは石神山の麓を縄張りとするようになったそうだ。


 ところが、それぞれの付近に暮らす住人たちは、毎年三種類の鳥の鳴き声を聞いては、季節ごとの生活を始めていたので、それがわからなくなって困ることになった。


 そこで、三羽の鳥を仲良くさせようと三羽が集まるようなエサを用意したり、鷹やトンビから守るようにしたりしたところそれが上手くいって元通りの生活に戻すことに成功したというのだ。


 やがて、三羽は、長い年月の間、ときには人に食糧を運んだり、ある時は自らを食糧として供養したりして、人間の命を救ったことにより、マキという母女神から女神として生まれることができた。


 ところが、マキは、前世は他の鳥の巣にヒナを預けるようなカッコウという鳥だったため、教育には、ろくすっぽ関心がなく、女神たち一人一人の素質を、よく見極めることもしなかったが、かえって、その方が自由に育つことになった。


 市は、前世はホトトギスだったから激情的な女性に育ち、丹は、前世はウグイスだったから声の綺麗な女に育ち、蚕は、前世はヒバリだったのでうるさいほどよく喋った。


 こうして三人は女神として、遠野物語にあるように蚕は早池峰山に祀られ、市は六角牛山に祀られ、丹は石神山に祀られて、遠野の守り神となったのだが、そこから下界を見ると、いろいろな不幸な人間を見たり、さまざまなおそろしい現象を引き起こしたりする妖怪がいることをその神通力で目にすることになった。


 そして、その中にすさまじい鬼神となった宇慈という女がいるのを知った。


 宇慈は、ふだん、橋の守り神として川にかかる橋に棲みついていた。


「この橋は渡るのに疲れるのう」


「この橋は端っこを通れや。はしだからな」


 宇慈は、こうした文句を言ったり、橋の上で戯れ言を言ったりした者がいると、ふいに現れて喰い殺していた。


 また、他にも、自分より見た目が良くて才能があり家柄の良い者は全て許すことができず、そういう女を見つけると嫉妬の気持ちを抑えることができず、うっかり橋を通ろうならば、脅かしたり、食い殺していたのだ。


 そこで次女の丹が提案した。


「そんなに橋のことを悪く言われるのが嫌だったり、自分よりきれいな女が通るのが嫌ならば、それじゃ、この橋を立派に作り直してご機嫌を取ろうか」


 市も賛成して言った。


「あら、それは良い方法だわ。誰もが誉めるような橋に作り替えれば気分も良くなるかもしれないわ」


 商いに長けた蚕は、金に糸目をかけず素晴らしく見事な橋を作らせたのだが、美しく絢爛豪華な橋を見た宇慈は思った。


《なによ!私より美しく見える橋があってよいものか!》


 憤った宇慈は、川上に棲む竜神の鱗をわざと引っ掻いて、激怒した竜神が大洪水を起こすと、せっかく作った橋は跡形も無く押し流されてしまった。


 丹は、宇慈の心を和らげようと思ったことが逆の結果になってしまい嘆いて言った。


「あああ、名案だと思ったにのさ、かえって嫉妬に火をつけてしまったよ。宇慈の嫉妬の念の強さって相当なものだわ」


 しかし、おかげで、宇慈は困ることになっていた。


 と言うのは、自分がねぐらにしていた橋が流されてしまったため、行き場が無くなってしまい、橋神がまだ宿っていない新しい橋を探してふらふらとさ迷うはめになっていたからだ。


 その結果、とりあえず、たどり着いたのは伊達正宗の城下の仙台にある広瀬川にかかる大橋だった。


 なにしろ、広瀬川は暴れ川だったため、何度も大きな洪水を起こして橋を流したために新しい橋に作り替えられていたのだ。


「おやおや、やけに静かな橋だが、この橋には橋神はいないのかな?」


 宇慈が怪しんでいると橋のたもとに疲れた橋神が座り込んでいたのを見つけた。


「わたしゃ、もうすぐ別の橋に行くからこの橋の橋神を替わってくれないかね。なにせ、この橋は、たび重なる川の氾濫があったり、河原は刑場に使われて罪人の血で赤く染まったり、嫌なことばかりなんだ」


 宇慈は、こんな大きな橋をもらえるなんてと上機嫌で譲り受けた。


 宇慈はこうして橋のたもとに立っては、人々の往来を眺めながら暮らしていたが、ある日のこと、伊達家の三傑と呼ばれる武将の片倉景綱、伊達成実、鬼庭綱元の三人が登城するために、がやがや、わめきながらこの橋を渡っていた。


「秀吉の下につくのは絶対に反対だ!」


 景綱は全国統一に動く秀吉と戦うべきだと主張した。


「その通りだ!秀吉とは戦うのみだ!」


 成実も賛成して言うと、さらに綱元までが付け加えた。


「百姓出の秀吉に負けるわけがない!伊達の力を知らしめないといかん!」


 宇慈は、三人が仲良く大声で笑いながら通る様子を見て、それに嫉妬する気持ちが雲のように湧き上がって来た。


「何よ!この三人の男を仲違いさせてやるわ!」


 宇慈は風になって、三人の後をつけて城内に入ると、そこには片眼に眼帯をした男が的に向かって鉄砲を撃とうとしていた。


 なんとその武将はこの城の主、独眼竜伊達正宗公であった。


「ダーン」と火薬の爆発する銃声が辺りの空気を振動させた。


「おどろいたわ!何という大きな音よ」


 宇慈も鉄砲は初めてだ。


 弾丸は的の中心を少しだけ逸れたがほぼ中央に命中した。


「殿!お見事でござる!」


 周囲の家臣が誉めると、正宗は三人が来たことに気が付いた。


「鉄砲遊びはここまでじゃ。これからが本当の戦さの話をせねばならん!」


 正宗は三人を導いて青葉城に入ると、三人を前にして言った。


「わしは秀吉の手下になる。小田原に頭を下げに行くが遅参その義を得ずじゃ何か上手い手はないか」


 三人は驚いて、あっけにとられた。


「秀吉ごときに下ることはなりませぬ!」


 とくに成実と鬼庭はとりわけ強く反対した。


《ほう、こりゃ、片倉に取り憑いてあとの二人と反目させるにはちょうどいいわ》


 片倉景綱は急に二人に反抗したくなって正宗に進言した。


「殿のおっしゃる通りでござる。ここは一旦秀吉に従い機会を伺うが得策でござる!」


「何を言うか!お主は先ほどまでと言うことが違うぞ!」


 伊達成実が問い詰めても景綱は知らん顔だ。


 結局のところ、正宗の決意は固く成実や鬼庭の説得は上の空で三人は正宗の前を辞した。


「お主を見損なったぞ!」


 成実と鬼庭は景綱にそう言って去ると、事実、伊達正宗は知恵を絞った死装束の演出で秀吉に恭順の意を示した。


 すると、仲の良かった三人の関係はこの時からぎくしゃくし始め、小田原の戦いの後には、恩賞を不服として伊達成実が離反し、その後も鬼庭綱元が離反するなどしたが、いずれも再び復帰したものの宇慈の嫉妬は正宗も巻き込んで三人の結束力をうまく破壊したのだった。


 宇慈は、その後も、住み心地の良い橋でよかったと思いながら、何年も何年も、橋を通る人々の話を耳にしながら、それでも、嫉妬の火を絶やすことはなかった。


 


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