第4話 放浪の始まり

「それはつらい日々をお過ごしですわね。わかりました。では、結論から言いますと、来週の誕生日を境にどんどん悪いことは減っていきますよ。この五年間は荒れる時期だったのですからね。多少、残り火はありますが、次の安定した十五年の時期に入りますので、気になっていることに一つ一つ結論が出ていくはずです。ご病気も、治療の効果が現れ、息子さんの行動もうるさく言わなければ落ち着いてくるはずです。安定期というのは、幸福期ともいって、黙っていてもよくなっていく時期ですから、あまり、へたに手を出すと、返って回復を遅らせてしまうので、よいと思うことはどんどんやってもけっこうですが、気に病むような行動は慎んでいくことが大切です」


「そう、そういう時期だったのね。たしかに、荒れ方が私の思春期の時のようだったわ。そういうことは繰り返すのね。すっかり、納得できたわ。いろんなことが起きて来ても心の持ちようでずいぶん違うものよね。私も七十歳を目指して気長に頑張るわ」


 婦人は、よっぽど、うれしかったと見えて五千円の占い料金の十倍も払って帰っていった。


「やった!何人分もの稼ぎになったわ」


 七未子は、もう一度、カステラとコーヒーを取り出して食べながら、うきうきしながら今日はもうお開きにしようと考えた。


 そこへまた一人お客が、なにしろ、入って来たと言うより、飛び込んで来たのだ。


「人に追われてるんだ!」


 全身、黒づくめの怪しい若者だった。


「えっ、ここは、占いボックスでして……」


 七未子は、カステラとコーヒーをそろりそろりとしまって、逃げ出す準備をした。


 ボックスは裏からでも出入りができるのだ。


「占いボックス?じゃ、おれを占ってくれ!いまの追手から逃げられるかどうか?カ、カネならあるぞ!いくらだ?」


「はい、五千円になります!それにしても、ずいぶん顔色が悪いですね、青ざめてるし」


「うるせえ!ほれ、五千円だ!はやくこれからのことを占ってくれ!」


「それじゃ、小さいときからのことを教えてくれる?」


「じれってえな!そんなの必要なのかよ?」


「もちろんよ、私の占いはそこがキーワードなんですから」


「ええと、俺は六歳のときに親から引き離されたんだよ。生まれてすぐはいい生活をしてたようだ。よく覚えちゃいねえけどな。裕福で家もでかかったんだが、親が両方とも覚せい剤にはまってな、とても俺の面倒などみれる状態じゃないって判断されて施設に預けられたのさ!」


「あら、わりと苦労人ね」


「そっから、ちゃんと高校だって卒業したんだからな!それで勤めも決まって寮へ入って一人暮らしを始めたんだが、裏でやくざモンと知り合ったおかげで、やばい仕事ばっかりされられて、今日も、こうして追っかけられているんだ!どうだ、よくわかったか?」


「わかったわよ!それじゃ、二十五歳まで真面目にやってたわけね!それで、今何歳ですか?」


「うん?今は二十七歳だ!」


「あと三年か……あなたの人生は途中苦難型人生ね!」


「とちゅう、くなんがた?」


「ええ、生まれてから五歳くらいまでは、わりと幸せな人生を歩むんだけど、物心がついて十歳になるまでの途中の間が大変なのよ。いろいろなことが次々に起きて苦労が多くなるのよ。まあ、そのために、十歳から二十五歳くらいまでの十五年間は、幸運期といって、まあ、そうは言っても、石橋を必要以上に叩いて渡るような慎重派の人生を送るようになるんだけどね。すると、また、途中に、いいところで、第二の苦難の五年間が始まるんだけど、あなたの年齢は今、その期間の真っ最中ってわけよ」


「たしかに二十五歳からやばいことが増えてきた気がするな……」


「その苦難の時期は三十歳になるまで続くから、今より、よくなるのは難しいわね。このボックスを出たら捕まる可能性は高いわ」


「いったい、どうすりゃ、いいんだ……」


「私は今日の営業は、これで終わるから、私が安全そうなところまで送るわ。でも、そっから先は、自分で何とかしてね。あと、三年たてば落ち着くはずよ、それまでは派手なことはせずに逃げ切ることね」


「あと、三年か……長いな」


「じゃ、私がこのボックスの前まで車で来るから、すぐ乗り込んでね」


 七未子は、危険は承知で不運な時期にいる男の手助けすることにした。


《こうやって、首を突っ込むから危ない目に遭うのよ。気をつけないとね。どうせ、この男、少しくらい逃げ延びたところで、うまくいくわけはないけどね》


 七未子は回した車に逃げ込むように乗った男を長距離バスのターミナルに送ると、最後にもう一言、注意した。


「どこか地方都市へ行った方がいいわね。くどいようだけど、三年は鳴をひそめることね。それが身のためよ」


「わかった。恩に着るぜ」


 男はそう言ってフードを深くかぶりターミナルの奥深くに消えていった。


 七未子は家に戻ると、父から譲り受けた「占いの虎の巻」を取り出して、もう一度、確認するようにペラペラとめくってながめた。


《やっぱり、あの男は、しばらくは楽になるのは無理ね。まあ、命だけでも残っていれば何とかなるのにね》

 

 こうして七未子は、一年間、東京で占いに専念すると、いよいよ、地方へと旅立ち、《放浪の占い師》としての人生を歩み始めたが、ご先祖の美奈が東北で占いを始めたことから、最初の放浪地を、東北地方と決め、岩手の花巻温泉郷に第一歩を印すことになった。


 新花巻駅に降り立った彼女は、温泉郷に移動して宿を決めると、ふとある看板に目がとまった。


 それは、遠野物語で有名な遠野から物語を創作演劇にして上演するもので、彼女は、学生時代から、こうした地域の民話や伝説に興味をもって話を聞くのが好きだったので、早速、会場である公民ホールに足を運んだ。


 その演劇は、早池峰山にまつわる女神の話をモチーフに創作した演劇で、次のような話だった。

 

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