第3話 指輪の女

 男は占い師でなくともわかるくらい、落ち着かず様子が変だった。


「そう、手相を見てもらったんですか、それで何と言われたんですか?」


「はい、生命線がここで二つにわかれているので、今が決断のしどころで、悪い決断をすればアウトだって言われました」


「まあ、そんなことを言われたらご心配ね。それじゃ、その悪い決断さえしなければとくに大丈夫じゃないんですか?」


「それはそうなんですが、その決断にことのほか、自信がないもんでして……別の占いなら、何と出るかなと思ってこの占いボックスに入ったんです」


「わかりました。私の占いは、手相見や人相見、またカードや水晶とはちょっと違うんです。はじめに、あなたのこれまでの人生を簡単でいいですから教えてくれますか?」


 男は目を丸くしてとまどった様子を見せたが、さっそく淡々としゃべり始めた。


「私の生まれは関西で、そうですね、中学卒業くらいまでは、とくに印象に残るほどの良いことも悪いこともありませんでしたが、高校時代になると最悪でした。何とか進学校に入学したんですが、まったく勉強について行けなくなって退学したんです」


「せっかく合格したのにね。合わなかったってことかしら……難しいわね」


「はい、それでも大学へは進学したかったんで通信教育で高卒の資格をとって大学を受験しようとしたんです」


「まあ、えらいじゃない」


「ところが、持病の腎臓病が悪化して、とたんに体調を崩してしまって、満足に勉強ができなくて、大検に合格したのはとうとう二十歳までかかってしまいましたよ。でも、そのあとは何とか一年間、予備校に通って大学に合格することができて、卒業後は就職もうまくいって順調だったんです。ところが最近になって、牛に投資するビジネスをやっていたんですが、それが破綻して借金ができたり、弟と親の介護をめぐってトラブルになったり、最大の問題は会社の金を使い込んでしまって、いつばれるかわからないんです」


「まあ、いっぺんに、いろいろ起きて、にっちもさっちもいかないってわけね。それじゃ、聞くけどお歳はおいくつ?誕生日もね」


「今三十九歳で誕生日は十二月三十日です」


「わかったわ!あなたの人生の進み方は、生まれてすぐから順調で安定したスタートをきっているので、順風スタート型人生っていうのよ。この人生は無事幸福に人生をスタートしてご苦労無しで育つんだけど、そのあとで、いろいろな壁にぶつかって、もろくも崩れ落ちるってパターンなのね」


「順風漫歩型ですか?ああ、たしかに小さいとき苦労した覚えは全然、ありませんね」


「人生は五年と十五年、いいときと、悪いときを繰り返すってわけなの。あなたは十五歳までは順調だったけど、そこから五年間、苦労したわよね」


「はい、高校辞めてからは、たしかに苦しかったですね」


「でもそこから這い上がって二十歳の頃から十五年、そこはうまくいったわけでしょ。でも、三十五歳を過ぎた辺りからいろいろ起きてきてるでしょ?」


「ああ、今思えば、三十五歳のときに、親が病気で倒れて、それから山のように問題が湧いてきたなあ」


「つまり、今現在、四十歳の誕生日までは苦難の時期ってわけなのよ。苦しいのはあと半年ね。だから、この半年間は、すべて解決しようと思わないで、じっと忍耐する時期ね。たとえ、万が一、不正がばれて捕まっても、順調期に入れば何とかなるのよ。この時期、焦って、自暴自棄にならないように辛抱すれば道は開けるわ」


「あと、半年ですか……」


「なにしろ五年間の困難な時期はじたばたしてもだめよ。大きく解決はしないわ。嵐が過ぎ去るまで我慢の時ね」


「分りました……」


 男はそう言うと、わずかながらすっきり感を覚えて、占いボックスを出て行った。


 それから、一週間後のこと、男はやっぱり会社の金の使い込みがばれて、会社を首になったが、どういうわけか、警察へ訴えを出すかどうかの会社の結論はでなかった。


 やがて、一か月ほどして、男は七未子のボックスにやってきて、新しい名刺を取り出した。


「これ、新しい会社です。それに使い込みの件、刑事事件にならないで済みましたよ。会社も表に出すのは評判を悪くするって判断したようです。牛の投資は裁判することになりましてね、これからですがね。親の介護もいい施設が見つかって弟ともまあまあの仲でやってます。言われた通り、じたばたしなくてよかったと思いますよ。どれも、へたに動いたらこじれたと思いますよ。まったく感謝してますよ」


 男は高級カステラを置いて帰って行った。


「あら、ごちそう様!」 


 早速、七未子はポットに持ってきたコーヒーで、早速、カステラをむしゃむしゃ食べ始めるところに女が入って来た。


「あっ!ごめんなさい」


 だしぬけに、待っていたように、次の客が入って来たのだ。

 

 わりと若く見えるが、年増の女だった。


「ご休憩?どうぞ召し上がって」

 

 女の方がかえって遠慮して言った。


「いえいえ、あとで食べますわ。待たせたら申し訳ありませんもの」


 七未子はカステラとポットを脇の棚に置くと早速、女と向き合った。


「まあ、見事な指輪ですね!」


「ええ、だけど、これもどうなるかわかりませんけどね。実は、私の夫は会社の重役でして、こうした指輪は家に帰るとゴロゴロしてますわ」


「まあ、資産家でいらっしゃるんですね」


「それはそうと、さっそく見て欲しいんだけどね。この先、私はどうなってしまうかって、夜も眠れないのよ」


「わかりました。それでは、私が説明を加えますから、この用紙に簡単で良いですからご記入いただけますか?」


 七未子は、用紙を一枚テーブルに置いた。


 なにしろ、年配の場合は、いちいちこれまでの人生を聞いていると、時間がかかるのでこうした用紙を考えたのだ。


「ここに四つのパターンがありますので、一つ選んで、選んだものにそって記入してください」


「まあ、変わった占いね」


「ええ、人生パターンは人それぞれですが、四つの決まったパターンから占っていきますので」


「ええと、じゃ、これかしら」


「生まれて十年は幸せだったわね。十一歳の時、母を病気で亡くしたわ。そのあとは継母が来たけどね。おかげで反抗的になっちゃったけどね。そのあと、三十三歳のときは苦労したわ。女にとっちゃ厄年だからね。主人の事業が拡大して海外暮らしになって、うつになったのよ。そして今、ここが問題なのよ」


「わかりました。ここまでで結構です。そうしますと、お生まれになって最初の十年間は幸福な人生をお過ごしになったわけですね。ところが、十歳を過ぎた頃から苦労が始まったようで、思春期にぐれたり、自暴自棄に成りやすかったりしますが、そこはどうでしょうね、その後は落ち着きを取り戻して、とりわけ、しっかり型の味のある人生を歩むんですが、こうした人生を思春期苦労型人生と呼ぶんです」


「あら、うまいことを言うわね。私の思春期は荒れてたなんてもんじゃなかったわよ」


「で、そうやって、五年の荒れる時期と、十五年の落ち着いた時期を繰り返しながら人生が進んでいくので、それで、現時点がどのあたりにあるかで占っていきます」


「そうなの?現時点は最悪だわ。今は五十四歳になるけど、そう言えば来週誕生日で五十五歳になるけどね。実は、この五年間、落ち着く暇はなかったのよ。五十歳になったら急に、問題勃発でね。まず、私自身がガンになったのよ。それはショックでね。泣いてばかりいたわ。ほかにもね、息子のできが悪くて警察の厄介になったり、大切にしていたペットが死んだりね。たいへんなことがひんぱんに続いているのよ。ずっと、この先もいろんなことが起きる気がして、さっきも言ったように夜も眠れない日もあるのよ。これから何が起きそうか占ってほしいのよ」


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