第2話 人生の型

「あなた、これまでの人生なんだけど、かいつまんで話してくれる?」

七未子の占いは、いつもこの質問からだ。


 依頼者は、四方をピンクのカーテンで覆った占いボックスの中で、いきなり、この問いをふっかけられて、えーっ、マジで占いに必要なの?と疑いながら、そんなことを喋る機会はほとんどないので、あたふたとして、自らの過去を振り返り、中には、どこから、どのように話していいか分からず、四苦八苦する者もいる。


 七未子も、十分承知の上だが、そうはいっても、この質問への返答がなければ、彼女の占いは始まらないときている。


 そこで、彼女は、依頼者が詰まり気味になると、まず、生まれたときは?とか、学生時代はとか?誘導尋問風にフォローするから、依頼者はそれなりに喋るというわけだ。

 

 さて、その日の依頼者の第一号は、原井布美という若い娘だったが、わりと喋る力があったのだろう、早速、言われた通りに語り始めた。 


「はい、私、生まれてまもなくは、生活が大変で、と聞いていて、なぜって、父親の仕事が、鉱山の開発だったそうで、世界中を飛び回ってたのかな。しょっちゅう、引っ越しで、まるっきり、一か所に落ち着くことはなかったから、それで、母も生活費を稼ぐために、いろいろ、仕事をしてたわね」


 七未子は、かねがね、世界中、いろいろな国にも行って占いをやってみたいと思っていたから、うらやましさを感じたが、一見、はなやかそうに見えても、その一方で、苦労も多いんだろうなとも思った。


「よく覚えてないけど、たしか、私が四歳の頃、アフリカにいたときかな、現地の悪い水を飲んじゃって、下痢がとまらなくて、命が危なかったって言ってたわ。アフリカって、飲み水からして、あやしい国もいっぱいあるみたいでね。それをきっかけにね、私が五歳になったときかな、父はきっぱりその仕事を止めて、日本に戻る決心をしたみたいね。でも、海外での経験や、語学を生かして、外資系の会社にうまく就職できて、私としては、何不自由ない生活を送れたからよかったんだけどね」


 ここまでが、彼女の生い立ちの話であり、七未子も、占いに結びつく切羽詰まった事情は、思い浮かばなかったが、彼女のやむにやまれぬ話は、このあと始まった。


 と言うのは、彼女の大学最後の年に、所属していた美術サークルの合宿で信州に行ったとき、仲間の男が、ハイキング中に滝つぼに落ちる事故があって、大ケガをしたのだが、それ以来、その男はサークルにも顔を出さなくなり、音信不通のようになって、卒業を迎えたと言う。


 ところが、おどろいたことに、今になって、その男がサークルの仲間の職場にいきなり現れて、あのとき、俺を滝つぼに落として殺そうとしただろうって言いがかりをつけてきて以来、サークルの仲間の何人かが不審な事故に遭ってケガをしたのだ。


 だが、滝つぼ事件と言うのは、その男が、みんなに黙ってサークルの美術品をネットで売りさばいていたがばれて、合宿の時にみんなで追求した翌日、責任をとって、自殺すると言って、滝つぼに飛び込んだ事件だったのだ。


「なにそれ、自分勝手なやつだったのね」


「それを恨んで今ごろのこのこ出て来てなにやら復讐しようとしてるんです。でも、この件以外でも、今の私にはいやなことばかり起きちゃって、父が病気になったり、今の会社も自分に合わなくていやだったり、たて続けに悪いことばかりが重なってしまって……」

 

 布美はこらえきれず大粒の涙を流した。


「わかったわ!つらかったわね。あなた今おいくつ?誕生日はいつ?」


「二十四歳で、九月一日生まれです」


「あと三か月か。私の占いでは、あと三か月たって、誕生日が過ぎればだんだんいい方向にいくわよ」


「えっ」


「あなたの人生ってのは、スタート苦労型人生っていうのよ」


「スタート苦労型?」


「私の占いでは、人生っていうのは、誰しも、五年間の不運期と十五年間の幸運期を繰り返しているとしてるわけね」


「五年と十五年?」


「そうそう、あなたは生まれてすぐの五年間はまあいろいろ苦労したから、それは不運期だったわけね。こうした人は、いきなり、幼児期から人生の辛酸を嘗める可能性があるんだけど、この五年間を乗り越えてしまえば、人間的にも成長して、場合によっては成功者になる可能性も大よ。そして、そのあと二十歳ごろまでの十五年間は順風漫歩で、わりと順調だったはずよ。こうした時期は、大きないいことがなくたって幸福と言えるのよ、だから幸運期っていうんだけどね、だけど、そこを通り過ぎたから、今また不運期に突入したのよ。文字どおり、今の五年間が過ぎる、三か月後の誕生日を境に幸運期に入って行くのよ」

 

 布美は目を皿のようにして自信に満ち溢れた七未子の顔を見つめた。


「あと三か月……」


「そうよ。だとすると、この三か月の間は、まだまだしんどいことが起きて来るはずだけど、ここを持ちこたえれば、今度は二回目の幸運期に入って行くから大丈夫よ!」


「わかりました……頑張ってみます……」


 布美は半信半疑だったが、七未子のことばを聞くと、藁にもすがるような思いで、そそくさと占いボックスを出て行った。

やがて、それから四か月ののちのある日、布美は明るい顔で、七未子のもとにやって来た。


「あら、どうしたのその腕?痛そうね」


「一か月ほど前に、転んで骨折しちゃったんです。でも他のことはすごいんです。なにしろ壮一は逮捕され、心配だった父の病気は手術がうまくいって快方に向かっていますし、おまけに会社の方も部署が異動になってすごく楽しくやっています。先生がおっしゃった通り、私の誕生日を過ぎた頃から、どんどんいいことがあったんです。まあ、骨折だけはすぐに治りませんが」


「先生なんていわないでよ、でも、そう、よかったわね!」


 布由美は楽しそうに報告すると、お礼にとカステラを渡して帰って行った。

 

 話はもどるが、布美が悩んでやってきたあの日、布美の次に、四十代くらいに見える、まるまる太って恰幅の良さそうな男性がボックスに入ってきたのだ。

 

 男はイスに座ると、すぐに手のひらを出そうとしたから、七未子は言った。


「ええと、ここは手相や人相の占いじゃないんですけど……」


「あっ!すみません。昨日は手相を占ってもらったもんですから……つい反射的に手が出てしまいまして」


《いやいや、病んでるわね、この人》


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