ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』⑤
「理論の問題点はちゃんと明示しておかないと、発表後に教師連中からめっちゃツッコまれることになるぞう」
「問題点は把握してるさ。
この解決法の最大の問題点は、人を選ぶってことだろうな」
「それはそう」
「万人向けの方法じゃないことは理解してる。
だから、これはあくまで一案として、だ。
でも今すぐは難しくても、幼少期からの習慣づけとかトレーニングで、将来的には一定数のブックリアンが誕生すると思うんだ」
「ぶっくりあん?」
「本食主義者」
「……造語までできてるんか」
「今作った」
「もうちょっと何とかならんかったんかなぁ」
なんだかさっきから難癖ばかりつけられている気がする。
僕はちょっとばかりむっとして、マンモスのアイコンに向かって尋ねてみた。
「そういうお前は、自由研究どうまとめるつもりなんだよ」
「えー、それ聞いちゃう?」
「さんざんこっちにしゃべらせといて、不公平だろ」
「いや、そっちが勝手にぺらぺらしゃべったんじゃ……まあ、いいけども。
小生は少々、問題の切り口を変えてみようと考えておりまして」
「どういう風に」
僕が尋ねると、モニターの向こうのクラスメイト氏の、とぼけた口調が少しばかり改まった。
「たとえば、食料不足の問題を、食料を確保する方法じゃなくて、食料を必要としないですむ方法に思考転換してみたらどうだろう」
「というと?」
「もしも、近い将来、医学か科学が発達して、外部からのエネルギー補給を必要としない種に、人間が進化できたとしたら?」
「食事をとらなくても、生きていける人間?」
「そう。
人間がもう食べ物を必要としなくなったとして、それでも人は、娯楽としての食事を必要とするだろうか」
「うーん、食べること自体が好きだっていう人はいると思うけど」
料理を作って食べることが好きだとか、趣味が食べ歩きとか、そういう人は僕の友人知人の中にも何人かはいる。
クラスメイト氏の声は続く。
「想像してみよう。
人は食事を必要としなくなった。
生きていくのに必要な栄養、エネルギーは全て、自身の体内で生成して、必要充分な量を生涯確保していける。
毎日の摂取カロリーの計算、必要な栄養素の細かな種類なんてもう気にしなくてよくなった。
人間は何も食べなくても生きていけるが、同時に食べることもまた、以前と変わらないようにできる。
そして、どれだけ食べても太らない。
糖尿病にも高血圧にもならない。排泄も必要なくなったともしようか。
つまり、完全なる消費するためだけの娯楽として、食事という文化があるとしよう」
「…………」
「果たして、そういうものに進化した人間は、必要なくなった食事を、単なる娯楽としてだけ楽しむことはできるだろうか」
「……それは」
どうだろうか。
僕が何か答えようとまごついている間に、画面の中から声が返ってくる、とぼけた調子で。
「これが小生の自由研究でござる」
「……ヒューゴー賞でも目指してんの?」
「自由研究としては斬新でござろう」
「たぶん、求められてる課題の方向性からはズレてる」
「いけずー」
そう言って、クラスメイト氏はケラケラと笑った。
こいつこそ、何をどこまで本気で言ってるんだか――僕は胡乱な目つきをしてみて、笑うように点滅しているとぼけたアイコンを見つめた。
ひとしきり、冗談も交えつつ自由研究についての意見交換をし、アイディアもいい塩梅に煮詰まった。
後はお互いに健闘を祈る、というわけで、僕らはそれぞれ課題のまとめに入ることとした。
クラスメイト氏は、思いついたことをすぐに書きとめていかないとざるからこぼれるみたいに忘れていきそう、となんだか不穏なことをふざけた口調で言っていた。
ボイスチャットが切れる。
とぼけたマンモスのアイコンも画面から消えた。
僕はヘッドフォンを外して、モニターをいったんスリープモードに切り替えた。
真っ暗になった画面を見つめて、僕は椅子に座ったまま大きく天井に向かってのびをする。
なんだかとっても。
「おなかすいたー」
了
浮かばれなかった物語のための告別式 宮条 優樹 @ym-2015
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