ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』④
クラスメイト氏の質問に、僕はふむ、と腕を組んで考える。
食料の代替としてふさわしい本、食事の代わりになる本、か。
発表の中で具体例を挙げられれば、内容も充実させられる。
僕は頭の中に今までの読書リストを思い浮かべて、思いついた書名をピックアップしていく。
「あくまで僕の好みの範囲での話だけど……短編小説は朝食に向きそうかな。
和食派なら芥川龍之介、洋食派ならヘルマン・ヘッセ」
『蜜柑』なんて、朝ごはんに読んだらちょっと気分が清々しくなるんじゃなかろうか。
『メルヒェン』は、休日の朝向きだろうか。
うっかりすると童話の世界に引き込まれすぎてしまって、思索にふけってその日の学業や仕事に差し障る気がする。
「昼食には、がっつりした歴史物とかよさそうだな。
司馬遼太郎とか、池波正太郎とか。
読んでて燃える、午後の分のやる気を補給できそうなやつがいい」
『夏草の賦』に『関ヶ原』……僕は頭の中の本棚からタイトルを取り出していく。
『獅子』もいい。
ただ、外で読むときには要注意だ。物語の終盤で、絶対に泣いてしまうから。
「夕食の時間には、やっぱりミステリーがいいかなぁ。
江戸川乱歩、ディクスン・カー、ガストン・ルルー……」
『パノラマ島奇談』の耽美な世界、『火刑法廷』のオカルティックな雰囲気、『黄色い部屋の謎』のクラシカルな魅力――どれも夜のくつろぎの時間にふさわしいと思う。
僕は自分の思いつきに自分でうなずいた。
考え出すと、あれもこれもと今まで読んできた本のタイトルが目の前に現れる。
僕はすっかり楽しくなって、舌はなめらかに思いつくそばからそれを口に出していく。
「アンソロジーはさしずめ、スイーツのアソートボックスってところだな。
一冊でいろいろな味が楽しめる、気分転換のコーヒーブレイクに最適だ。
ああ、フルコース料理のそれぞれに、本を当てはめてみるのもおもしろいかも」
前菜に草野心平の詩集、スープにはカレル・チャペックの『ダーシェンカ』、メインディッシュはジョルジュ・サンドの『愛の妖精』なんてどうだろう。
そしてフルコースの締めには、上質なデザートとしてのブラッドベリ。
『ウは宇宙船のウ』か、『たんぽぽのお酒』――僕考案「本を食べるための独断と偏見によるフルコース」の完成だ。
なかなかこれはいいじゃない?
僕は楽しさのあまり笑ってしまいそうになるのを苦労して抑えた。
あくまで声は真面目さを保ったままで、
「けど、日常的な食事には、自分の一番お気に入りの作家の作品がいいと思うな。
あきずに何度でも読める作品を何冊か、常備食として手元にそろえておくことをおすすめする……まあ、今思いつくところだとこれくらいかな」
僕がそう締めくくると、クラスメイト氏は感心したのか関心を引かれなかったのか、曖昧な調子の声でうなずいた。
「ふーん、なるほどねぇ」
「……ちゃんと聞いてたのか?」
僕が熱意を持って話している間、そういえばこいつは相づち一つ打たなかった。
もしやこいつ、人が話している間、こっそり離席してたんじゃなかろうな。
すると僕は、ひとしきり虚無に向かって自説を開陳していたというわけか?
何それ、めっちゃ恥ずかしい。
だが、僕の胸の内にわき上がる疑惑を吹き消すように、クラスメイト氏の声が尋ねてくる。
「必ずしも、食べ物が出てくる話とか、食事がテーマの本じゃなくてもいいって感じ?」
「グルメ本とかだと、かえって空腹が刺激されてしまうと思うんだよな」
「ほほう、飯テロってことですな」
「自由研究のテーマは、食料品の代替としての本だから。
リアル食料品に回帰してしまう可能性がある本は、具体例から外しておきたい」
逆に、『失われた時を求めて』なんて食事代わりに読もうとしたら、いくらも読まないうちにマドレーヌも読書にも嫌気が差してしまうかもしれないな――読んだことないから知らんけど。
内心思ってにやついていると、モニター向こうのクラスメイト氏から冷静な指摘がかかる。
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