ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』③
「そもそも食事とは何か。
我々人間はなぜ食事をする必要があるのか」
「それは、生きるために必要だからだろうなぁ。
生命維持のための栄養の摂取、ということだろ。
きちんと食べなきゃ病気になるし、死んでしまう」
「それはその通り。他には?」
「娯楽要素もあるかな。
食べ物をおいしく料理することも、それを食べるのも、楽しいことだから」
「そう、それはまた読書にも当てはまることなんだ」
「うむ?」
「読書とは知識を得るための行為だ。
知識とは生きるために必要なものだ。
人間の生に必要な知識の吸収、そのための読書なんだ」
「うん」
「そして読書はまた、最高の娯楽でもある。
本の世界に没頭すること、そしてそこから解放されることによる満足。
読書によって得られる楽しさは、どんなエンタメにも勝る」
「ふぅん」
「ほら、食事と読書はよく似ているだろ」
僕は自信満々に結論づけたが、返ってくる反応は思いの外鈍い。
「似ている……かなぁ」
「満足することを、おなかいっぱいになるって表現するだろう。
つまり、読書で満足すれば、おなかも満足するはずなんだ」
「それは物のたとえであって……」
「先人もそう書いてるんだぞ。
太宰治が、本を食事にたとえてるんだから」
「太宰治? どこにそんなこと書いてるんだ」
聞き返されて、僕の語調は途端にしぼむ。
「確か、短編の……何か随筆っぽいやつで」
「引用元の出典は正確に」
教師のような口調で言われてしまって、僕はのどの奥でうなり声を押し殺した。
これはあとで要確認事項だ。
キーボードの上に指を走らせ、「太宰 出典確認」と画面端にメモを取る。
「とにかく、僕はこの方向で自由研究をまとめようと思ってる」
「食料不足解消のために、代替品として本を推薦する?」
「そう、最高のアイディアだと思うんだがどうだろう」
「まとめ方次第じゃ、ユニーク賞なんかはもらえるかも」
「僕は真面目なんだが」
「うんうん、君はいつも真面目なところがおもしろい奴だって、小生は評価しているでござる」
「ござるやめろ。馬鹿にしてるだろ」
本当に僕は真面目に話しているというのに。
むっつりと顔に不快感を表してみたが、当然それはクラスメイト氏には通じない。
ケラケラと笑う声が、まるでアイコンのマンモスが笑っているように聞こえて、ますます僕は馬鹿にされた気分になってしまう。
「これはとても画期的なアイディアなんだぞ。
本さえあれば、人は飢える心配をしなくてすむんだから」
「なるほど、無人島に流れ着いても、一冊の本があれば食料確保の問題は解消されるし、国民の多くが飢餓に苦しむ貧しい国には、水と食べ物ではなく本が送られてくるというわけだ」
とぼけた調子が隠しきれていない声でクラスメイト氏がそう言う。
僕は気負い込んで、けれど冷静に理知的であることを念頭に置いて、モニター向こうの相手に持論を展開していく。
「それに、本には食料として非常に優れている点が多々ある。
まず、本は傷まない。
普通の食べ物のように腐ったりかびたりしないから、保存方法や賞味期限を気にする必要がない」
「確かにねぇ。
冷蔵庫いらずで電気代の心配もない。エコだね」
「次に、この世界中に、すでに数え切れない多くの本が存在している。
古今東西、人が一生かかって読み切れないだけの本があるということは、毎年新しく食料を生産していく必要がないということだ」
「ふむふむ、すでに腐らない食べ物が
天気や気温がどうなろうと、収穫量を気にしなくていいってことだ」
「あと本の優れているところは、同じものをくり返し食べられて、しかもあきないってとこだ」
「あきないかあ? それは物によるんじゃないかなぁ」
「まあ、その本の性質によってはそうだけど……。
でも、おもしろい本は何度読んでもおもしろいし、くり返し楽しめる。
誰かに分け与えても減らないし、なくなることもない。
極論、自分のたった一冊のお気に入りがあれば、それだけで一生食うには困らないんだ」
「一生分の本を収納しておくスペースもいらないわけだ。
一冊だけでいいなら省スペースだねぇ」
「今考えているところだと、これだけ本には食料としての利点がある」
「ふうん……一つ、小生からつけ加えさせてもらってもいい?」
「どうぞ」
「本が人類にとって必要不可欠な食料になることで、小説家の存在意義が上がる。
本が平時の娯楽だけでなく、有事の必需品にもなるわけだから。
図書館や本屋さんの重要性も格段に上がるだろうなぁ」
「なるほど、いい意見だ。参考にさせてもらおう」
すかさず僕はメモ画面に氏の意見を打ち込んでいった。
するとヘッドフォンの向こうから、
「……真面目に受け取られてしまったでござる……」
小さな独り言を耳ざとく聞きとがめて、僕はつい鋭く聞き返す。
「何だよ、ふざけて言ってたのか。
茶化してるんじゃないだろうな」
「してない、してない。
じゃあさ、その経験則から言って、食事におすすめの本とかあったりする?」
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