ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』②



「本は食べ物じゃないぞう」


 そう言うヘッドフォン越しの声に合わせて、モニターの右端に浮かんだマンモスのアイコンが点滅する。


「わかってるよ。

何も紙の本をむしゃむしゃ食べろっていう意味じゃない」

「そういう小説なかったっけ? 

食べられる本が出てくるミステリー小説」


 ヘッドフォンから聞こえてくるクラスメイト氏の声はとぼけている。

 ボイスチャット時の表示アイコンが氏お手製マンモスの手描きイラストなのも、とぼけ具合を助長していた。

 もっとも、氏曰く、これはマンモスではなくナウマンゾウなのだそうだけれど、僕には違いがまるでわからない。


「というかさ、君、なんで今日、学校来なかったのさ」


 クラスメイト氏の声がちょっとだけきつくなる。

 非難がましいその声に僕は答えて、


「今日は特別授業の説明だけだから、自由登校だったんだしいいだろ。

リモート受講でいいってホームルームで言われてたし」

「小生はクラスでひとりぼっち、話し相手もいなくてさみしかったでござる」

「左様でござるか。

今話してるからもうさみしくないな」

「いや、ほんとにひとりぼっちだったんよ」

「え?」

「登校した真面目優等生は小生のみにて」

「おう……それはまた」

「だだっ広い教室で社会科教諭と二人きり、特別授業をマンツーマンで受けてきた我が苦痛を己も味わえ」

「いや、むしろ何でお前は登校したのよ」

「別に……リモート受講の話、聞いてなかったわけじゃないんだからねっ」

「急なツンデレ構文やめろ」

「ホームルーム中、ずっとゲームしてて話聞いてませんでした」

「それを自業自得と人は言う」

「いけず……で、本を食べるってどういう意味?」


 漫才のようなやり取りを打ち切って、クラスメイト氏は改めて尋ねてくる。

 僕はいくらか前のめりになって、モニターの向こうにいる氏に向かって自分の考えを話しはじめた。


「本を食料にできる可能性がある。

いや、現に本は、食料の代替品としてすでに充分機能していると思うんだ」

「わかんない、わかんない。

馬鹿にもわかるようにゆっくり説明してくれー」

「これは僕の体験談、というか経験則なんだけど」

「ふむ」

「読書に夢中になっているとおなかがすかないんだ」

「ふん?」

「寝食を忘れて、という言葉があるだろう。

あれはもののたとえなんかじゃなくて、現実にある本当のことなんだ。

僕はそれを何度も体験している」


 午前十時の開館と同時に図書館のゲートをくぐる。

 書棚を物色し、目当ての本を確保したら、閲覧席のいつもの場所に座を占める。

 机の上に、自ら選んだ本日の課題図書を積み上げて、クッションの堅さがほどよい椅子に腰を落ち着けたら、いざお待ちかねの読書の世界へ。


 目が文字を追う、指先がページをめくる、頭の中に無彩色の活字から生まれた極彩色の世界が広がる。

 抱えた本の重さも心地よく、僕は奥深い世界の中を潜水し、飛翔し、疾駆する。

 本の世界に没頭している僕の目は、閉館間近を知らせる蛍の光のメロディーでようやく覚める。

 その間、僕は一度も席を立つことなく、飲まず食わずでいてもまるで平気なのだった。


「これはつまり、僕は活字を、本を食べているからだということにならないか」

「なるんかなぁ」


 クラスメイト氏の反応はいまいち手応えがない。

 僕は少し話の方向を変えて攻めてみることにした。

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