ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』

ep.3『新氷河時代の健全な食生活について』➀




「――このように、気温と農作物の収穫量とは密接な関係にあり、夏の間の日照不足や、平均気温の低くなる冷夏が原因で、その年の農作物の収穫量はこれくらい変わってきます」


 モニターいっぱいに表示された線グラフを、僕はぼんやりと見つめた。

 日本のある地域での、夏場の平均気温と野菜の収穫量の変化について、十年間の推移を表したグラフだ。


 社会科担当教諭がグラフについて説明する声が、後ろの方から聞こえてくる感じがする。

 マイクが少し遠いようだ。

 セッティングの不備に気がつかないまま、教諭はまるで台本でも読み上げるように、長々とした説明を続けていく。


「私たちの毎日の食事の半分は農作物です。

米、野菜、果物は、私たちの大切な食料であり、その収穫量は私たちの生活にとってとても重要な問題です。

これから私たちが直面する新氷河時代では、特に」


 僕は、ヘッドフォンから聞こえる教諭の話を右耳で聞いて左耳に受け流しながら、机に頬杖をついて考え込む。

 そんなに食料が大事なら、もっと確実性のある方法で確保するべきじゃないだろうか。

 天気なんて、人間の力じゃどうしようもないものに左右される、そんなものに今まで頼ってきたのが間違いなんじゃなかろうか。


「地球規模の寒冷化による農作物の不作は、人類の歴史にも大きく関わる問題です。

歴史をさかのぼって見てみれば、たとえばヨーロッパでのゲルマン民族の大移動、中国大陸での三国志の始まりにも描かれる黄巾の乱など。

これらは突きつめると、寒冷化によって引き起こされた食料不足が原因となっています」


 教諭の説明に合わせて、モニターが線グラフから教科書の切り抜きのようなイラストに変わる。

 僕は両足を持ち上げて椅子の上にあぐらをかく。

 行儀が悪い格好だけど、どうせモニターの向こうからこっちは見えないんだから知ったこっちゃない。

 自分の家の勉強部屋で一人、リモート受講とは気楽なものだ。


「日本においても、江戸時代には大きな飢饉が何度も起こりました。

その主な原因は冷害です。

冷害による農作物の不作は、現代に生きる私たちにとっても決して他人事ではないことは、皆さんもよくご存じの通りです」


 僕はあぐらをかいた格好のまま、椅子の上で体を左右に揺らしてみる。

 やじろべえのように揺れていると、何となく考えがまとまっていくような気がするのだ。

 とっちらかった思いつきのいろいろが、ボウルの中でこねられて集められて、ひとつにまとまっていくような。


 食料とは、全ての人に過不足なく行き渡るべきものだ。

 今後、どれだけ世界の人口が増えるのだとしても、恒久的に全ての人に行き渡るもの。

 それを逐次生産していくのではなく、すでにあるものでまかなえればなおよいのではないだろうか。

 消費されても減ることのないもの。

 未来永劫、人類の手元にあり続けるもの。


 そんなすばらしい産物を、もう僕らは持っているじゃないか。


 頭の中にひらめきが閃光となって走った。

 自分のひらめきに、僕は望遠鏡の中に未発見の惑星を見つけてしまったかのような興奮を感じていた。


 僕の静かな興奮も知らずに、モニターからは教諭が長い特別授業の説明を締めくくるのが聞こえてくる。


「来たるべき未来の新氷河時代に懸念される世界的な食料不足について、その解決法を考える、というのが今回の特別授業の課題、自由研究のテーマです。

皆さんの自由な発想と斬新な研究発表を楽しみにしています――」


 続く、自由研究についての細かな注意点やまとめ方についてのアドバイスを、僕はほとんど聞き流していた。


 僕の自由研究の内容は決まった。

 まとめる前から、もうすでに手応えが感じられる。


 人類は、本を食べていけばいいのだ。




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