七章 供述 1
息子の行斗は警察署で取り調べを受けていた。
「あの日……金曜日です。友達と出かけていて夜帰ってきたら、家に入ったとたん、変な臭いがしました」
記憶がよみがえるのか、行斗は顔をしかめた。
「リビングに入ると、母さんがいて、何かをライターで焼いていました。何してるの? と聞くと、僕が帰っていたことに気付かなかったようで、ビクッと体を震わせて驚いていました。見ると、母さんが焼いてたのは、人の手でした。指です。ライターであぶっていました」
行斗はうっすらと目の縁を赤くし、涙ぐんでいた。十年間一緒に過ごした人を失った悲しみと同時に、これ以上何も隠さなくて良いんだという安心感なのかもしれない、と鈴木は思った。
「びっくりしただろう」
鈴木が静かに聞く。
「びっくりしました。何が起こっているのかわからなくて。その手は、毛布の下から伸びていて、そこに誰かが寝かされているのがわかりました。それが、父さん……藤田さんだと母さんが言いました。毛布の、顔の部分は、真っ赤に染まっていました。僕が近寄ろうとすると母さんが『見ないであげて』って、泣きながら……『お母さんも見ていないから』って。何があったのって聞きました。だって、あの人は、藤田さんは、僕たちの神様みたいな人だったんですから」
「神様?」
岩山田が喜美子に聞く。
「はい。あの人は、神様でした。私たち親子にとって、救いの神だったんです」
行斗と別の部屋で、喜美子が取り調べを受けていた。
「十年前まで、私と行斗は地獄にいました。主人の、克之の暴力のせいです。毎日毎日、私と行斗は、働かないあの人に殴られ蹴られ、地獄のような日々でした。近所の方にも迷惑をかけるし、もうすぐ八王子に引っ越すことが決まっていましたから、新しい土地でも同じことの繰り返しかと思うと、いっそ行斗と二人で……なんて思いつめることもありました」
「そんなとき、藤田に出会った」
「はい……あれは、本当に偶然でした。いつものように、主人から暴力を受けていました。私が殴られていました。行斗はトイレに隠して、鍵をかけさせていました。そのとき、突然玄関が開いて、男が入ってきたんです。『かくまってくれ!』と大きな声を出して」
「それが藤田だった」
「はい。『強盗に失敗した、少しでいいからかくまってくれ』なんて大きな声を出して。そんなこと主人が許すわけありません。私を殴っている場面を見られてカッとなった主人が、家に入ってきた男に、藤田さんに殴りかかったんです。藤田さん、当時は華奢でしたし、主人は怒っているときはまわりが見えなくなる人でしたから。お酒も飲んでいましたし、藤田さんが包丁を持っていることも、気付かなかったんでしょうね」
「そこで藤田が刺してしまった」
「はい。もみ合っているうちに、主人の胸に包丁が刺さりました」
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