「僕は、実はあまり覚えていないんです」


 行斗はうつむきながら話した。


「十年前、あの人がうちに突然おしかけてきて、実の父を殺してしまった。そう聞いています。僕はトイレに隠れていたし、母さんが『もう出ておいで、この人が行斗の新しいお父さんよ』って言って紹介したのが、今の父さんです。でも、このへんは、記憶が曖昧で、はっきりしません。刺されて倒れている実の父の記憶も、あるような気がします。でも、これは想像なのかもしれません」

「覚えていることを正直に話してくれればそれでいいよ。八歳の記憶で、そこから十年も経っているんだ。今は間違えているかもしれないとか、あまり気にしないで、思い出すままを話してくれればいいよ」


 鈴木は優しく伝えた。この青年は何という十字架を背負って生きてきたんだろう、と苦しい気持ちになった。




「主人の、克之のことを刺してしまったあの人は、パニックになって、急いで警察に行くと言いました。それを止めたのは、私です」


 喜美子は静かに話した。


「コンビニ強盗は、何日も食べるお金がなく、しかたなく短絡的にやったそうです。でも、度胸も力もなく、結局何も盗れず、店員に怪我をさせてしまった、と悔やんで頭を抱えていました。性根は悪い人じゃない。すぐにそう思いました。さきほども言いましたが、私たちは、地獄にいました。主人さえいなければ。そんなことを考えたこともありました。それが実現した。私は、自分でも恐ろしい速さで、成り代わりの計画を思いつきました。主人を殺してくれたお礼をしたかった。たぶん、そんな気持ちだったんだと思います。藤田さんの本名は、ずっと知らないままでした。間違って呼んでしまわないためです。『もうあなたは林克行よ、林克行として生きていくのよ』そう言い聞かせて、急いで洗面所で血に汚れた手を洗わせ、主人の服を渡して、着替えてもらいました。そのあとに、主人の死体を車につんで、八王子の今の家に向かって、庭に埋めました。オービスに撮影されたのは、そのときです」


 淡々と語る喜美子を見て、岩山田は、こんな大きな秘密を抱えて生きるというのはどんな苦労なのだろうかと想像した。しかし、本物の克之が生きていた頃と比較したら、些細な秘密に過ぎなかったのかもしれない。正体を隠して、克之に成り代わって生きる性根の優しい藤田と息子、三人の平和で静かな日々。そのまま続いていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。


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