Chapter 6「信頼と因果」

日が傾く頃、聖獣達を閉じ込めていた檻を引いて、龍也達は村へと戻ってきた。

エリは村の門を飛び出すと、聖獣達へと駆け寄っていく。


「みんな!」

「おお、エリ!」


彼女の声にシカやウサギ、鳥型など、様々な種族の聖獣達が振り返った。


「みんな、大丈夫?怪我とかしてない?」

「何ともないよ」

「白い勇者様があっという間に治してくれたんだ!」

「よかった……」


エリは膝を下ろすと、駆け寄ってきた聖獣達を撫でていく。

彼らの無事を確かめ、ホッと息をつくと、改めてそこに居る聖獣たちを見回す。


そして、エリは静かに頭を下げた。


「みんな、ごめんなさい」


よく通る声で紡がれた謝罪の言葉。

聖獣達の視線が集まる中、同じく村から出てきた村長も、エリの隣に膝をついた。


「すまなかった。魔王軍の手先に操られていたとはいえ、私はお前たちの家を奪ってしまった。許されない事だとは分かっている。この先何年かけてでも償うつもりだ。だからどうか……許してほしい」


静寂がその場を包む中、村長は更に言葉を続けた。


「もし、私の事を許せないというのなら、恨んでくれて構わない。だが、どうかエリだけは……エリの事だけは嫌いにならないでやってほしい」


地面に額がつくほどに、深々と下げられた頭。

聖獣たちは各々の顔を見合せる。やがて、その中の一匹……ウサギ型の聖獣が、口を開いた。


「恨んでないよ。だって、僕たちの事が嫌いになったわけじゃないんでしょう?」


それに続くように、シカ型の聖獣も口を開く。


「私も同じだ。家は燃えてしまったが、我々の間に築かれてきたものまで消えてしまったわけではないだろう?」


他の聖獣たちも、続くように口を開いた。


「俺は絶対に許さねぇぞ。けど、エリに罪はねぇからな」

「わたしは、これからも村の人たちと仲良くしていきたいわ」

「今まで良くしてもらってきたんだもの。何かあると思ってたよ」


許す。許さない。答えはそれぞれ分かれている。

だが、村長や村人達を非難する声はひとつもない。この村が森の聖獣たちの間に築いてきたものの大きさが、そこに現れていた。


「みんな……」

「ねぇねぇ。また森に住めるようになるまでさ、エリの家に住んでもいい?」

「フフッ……お父さん、どうする?」

「文字通り、聖獣と共に暮らすのか。色々大変だろうが、リュコス王国の方じゃ当たり前らしいからな……やってみるかぁ」


困り顔で呟く村長の姿に、エリと聖獣たちの笑い声が響く。


それを見届け、勇者たちは顔を見合せた。


「エリさんたち、和解できてよかったね」

「険悪ムードになったらどうしようか、ヒヤヒヤしたよ……」

「聖獣と人間が別居してるもんだから、てっきり仲が悪いもんだとばかり思ってたんだが……」

「同じ場所で同じ生活をする事だけが、正しいとは限らない。共存するって、そういう事なのではないかしら?」

「まあ、万事丸く納まったし、オールオッケー!」


空高く拳を突き上げ、微笑む龍也。

自分たち勇者の活躍だけでなく、この村で生きてきた人々が自ら勝ち取ったハッピーエンド。

その光景に、龍也は満足げに笑っていた。


「それで……タ~ツ~ヤ~?」


が、その背後からヌルッと現れた白い影。

怒気のこもった低い声が、龍也の耳に響き渡った。


「り、リア様……い、如何様でございませうか……?」

「どうしたもこうしたも無いわよ!!ぬぁ~に勝手に行動してんのよ!このバカ!!」

「い、いや、でも俺が先に気づいていたから、魔王軍の動きに気づけたわけだし!?」

「私たちから離れる前に直接一報よこしなさいよ!!人伝すんな!!」

「うっ……反論のしようもございません……」


鬼のような形相のリアに詰め寄られ、タジタジと後退る龍也。

ラグローと戦っていた時の勇ましさはどこへやら、情けない表情で縮こまってしまっている。


「王女の私に逆らったんだから、罰が必要よね?」

「えっと、あのですね……?できれば軽いものにしていただけると嬉しいのですが……」

「そうねぇ……」


目を泳がせる龍也を他所に、顎に手を当てながら思案するリア。

無言の圧力に反して、その顔はニコニコと満面の笑みをたたえていた。


次に口を開いた時、リアは容赦のないお仕置を提案するだろう。

直感的に察した龍也は、決意を固めた。


「……い、イタタタター、さっきの戦いで受けた傷が痛む~」

「はぁ?」


突然腕をおさえ、痛みを訴える龍也。

彼を睨み付けるリアの顔が、先程とは打って変わって真顔になっていく。


「実は結構重傷だったみたいだ。今すぐ手当てしないと……」

「見せなさい」

「え?」

「いいから!」

「はいぃ!」


有無を言わさない厳しい口調に、龍也は思わず応じてしまった。


リアは、龍也がおさえていた右腕を優しく掴むと、袖を上げてまじまじと観察する。

すぐに嘘がバレて雷が落ちるだろう。龍也は覚悟して目を閉じた。


「……傷はないわね。打撲かしら?水袋貰ってくるから、それで冷やして。無理に動かすんじゃないわよ」

「……は、はい?」


予想していたものと全く違う反応に、思わず間抜けな声が出てしまう。


目を開けてリアの表情を見る。

怒ってはいない。呆れた様子もない。ただ、本気で心配されている事だけが伝わる表情だった。


「いい?アンタはこの世界を救う勇者なのよ。常に万全の状態で戦えるよう、身体は大事にしなさい。マオの回復魔法ばっかに頼るわけにはいかないんだからね」

「ごもっともデス……」

「分かったら、今後は独断専行しないこと!分かった?」

「……はい、気をつけマス」


目を逸らしながらも返答する。

視線の先では、仲間たちが肩を竦めながらこちらを見ていた。


蒼馬だけは般若のような形相だが、琴羽がたしなめるように首根っこを掴んでいた。


(お説教は免れたけど、罪悪感がすごいな……)


これはある意味、怒られるよりも辛いかもしれない。

龍也は深く反省しながら空を仰いだ。


太陽は西に傾き、夜の帳が降りてくる。

勇者戦隊は村長の家に迎え入れられ、一夜を明かすのだった。


□□□


一方その頃。大陸のどこかにあると言われる牙城にて。


暗く、青白い炎が灯る松明によって照らされた城の廊下。

その廊下の中心を、衣服の所々が黒焦げた一体のホブゴブリンがふらついた足取りで歩いていた。


兜は脱げ落ち、装飾品は戦場で溶けた。

ボロボロになりながらも、何とかあの場を逃げ延びたその男こそ、ラグローである。


「危うく死ぬところだったぜ……。この『身代わりの護符』がなかったら、今頃消し炭にされてたな……」


足がもつれ、壁に寄りかかる彼の手に握られていたのは、彼の衣服と同じく黒焦げになった護符だった。


その護符に刻まれた魔法は、死に至る攻撃を受けた際、他者にその傷やダメージを他者に肩代わりさせるものだ。


他人を謀り、蹴落として生きてきたラグローにとって、暗殺は最も恐れるべきものである。

そこで彼が編み出したのがこの護符だった。


身代わりに使えるのは近しい者のみ。

そこで彼は何処へ行くにも最低1人、護衛をつけていた。


今回は檻車の近くにいたメカゴブリンの一体が身代わりとなり、彼はレッド達が去るまで死んだフリに徹していたのである。


「おのれ勇者どもめ……。覚えていろ!この事を魔王様に報告し、更に強い兵を揃えてこの雪辱を晴らしてくれるわ」


ラグローの向かう先は謁見の間。

魔王とその配下たる四天王が座する大広間だ。


部屋に通されると、ラグローは広間の中心まで歩を進める。


直後、広間のシャンデリアに炎が灯った。


「我に謁見を求めたのは貴様か、ラグロー」


青白い炎が不気味に揺れる中、広間の奥にある玉座から若い男の声が響く。


ラグローはその場に膝をつくと、深く頭を下げながら答える。


「我らが魔王、ヴァーエル2世よ。お変わりなきようでなによりでございます」

「世辞はいい。して、ラグローよ。獣狩り部隊ワイルドハントが壊滅したそうだな」


魔王の一言一句には、有無を言わせぬ圧が込められている。

ラグローは平伏しながらも、魔王の機嫌を伺いつつ、言葉を選ぶ。


「ははっ。任務を終えて帰還する途中、例の勇者達と遭遇しまして……」

「貴様ひとり、のこのこ敗走してきたと」


魔王とは別の、低い男の声がラグローの言葉を遮った。

顔を上げると、玉座の左右に控える者たちの影が揺れる。


屈強な巨体に厳つい鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を背負った男。

先の尖った帽子とローブに身を包み、右手に魔杖を握る魔女。

弓と矢筒を背負った短髪の女弓使い。

そしてボロボロのフードに身を包み、腰にナイフを提げた少年。


魔王に連なる四天王の姿であった。


「50近くの兵士を連れていながら、それらを全て失い落ち延びてきたと?」


大剣を背負った男の言葉に、ラグローは慌てて応える。


「そ、それは、勇者どもが思いの外手強かったからでして……」

「つまり格上を相手に、舐めてかかったという事か?」


追撃するように、弓使いが鋭い視線を寄越してくる。


「い、いえ、そのような事は決して……」

「それも、作戦のためにわざわざ私が出向いたのに、その苦労も無駄にしたってことでしょう?」

「そ、その事に関しては返す言葉もなく……」


魔女の言葉に、ラグローは逃げ道を失った。

村長を惑わせたのは幹部である彼女だ。幹部の関わった作戦で失敗したということは、その名前に恥を塗った事と同義である。


加えて、剣士からは指揮官としての至らなさを。女狩人からは戦士としての未熟さを、鋭い言葉で指摘された。

ラグローの背中に、冷たいものが走る。


「戦うことより、逃げることを選んだんだね。指揮官がそれで情けなくないの?」

「そ、それは……その……」


少年の言葉がトドメとなった。

言い訳も反論もできなくなり、ラグローは黙り込む。


魔王は黙り込んだラグローに、再び言葉を投げかけた。


「ラグローよ。貴様の部隊にいたゴブリンどもは確か、貴様と同じ部族だった者たちであったな?」

「は、はい……」

「貴様はかつての同胞達を見捨て、一人で逃げ帰ったという事で相違ないな?」


あいつらと同じであるものか。

魔王の言葉に、ラグローはそう心の中で毒づいた。


「い、いえ、滅相もございません!ただ私は、奴らの情報を少しでも持ち帰ろうと……!」

「情報だと?」


思わず口をついて出た言葉に、魔王が興味を持った反応を示す。

それを見たラグローは、一縷の望みをかけて叫んだ。


「ええ、有力な情報です!奴らの弱点です!」

「して、その弱点とは?」

「奴らの武器についてです!」

「ほう。それは、天聖獣どもの力に耐えきれず、10分と立たぬ間に自壊する……というものではあるまいな?」


ラグローは絶句した。

魔王が口にした言葉は、ラグローが訴えようとしていた情報そのものだったからだ。


魔王はある理由から、玉座から動く事が出来ない身だ。

従って、勇者たちの戦いを間近で見たことはない筈である。


そして魔王は、ラグローの様子に呆れたようなため息を漏らした。


「保身に走り、敗走し、敗残兵としての最低限の役割すらも果たせぬとは……」

「お、お待ちください!私はまだ……」


魔王が玉座から立ち上がる。

この後、自分がどうなるのかを悟ったラグローは、慌てて自己弁護を続けようとして──


「貴様のような者は、我が国には要らぬ」


その脳天に風穴が空いた。


ラグローの身体は力なく崩れ落ちる。

風穴から吹き出た鮮血が、広間の絨毯を色濃く染めてゆく。


「メディナ、そいつの死体は好きにしろ」

「ありがたく拝領いたしますわ」


魔女が杖を振るうと、2体のスケルトンが現れ、ラグローの亡骸を運び出す。

広間の扉が閉まると、魔王は再び玉座に座り直した。


「5人の勇者、か……。我の傷が癒えるまでに、どこまで強くなるか。見ものだな」


いずれ戦うことになる、人間達の希望。

それが自分の前に現れる日を思い、魔王は不敵な笑みを浮かべた。

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異世界で戦隊始めました。(パイロット版) 金城章三郎 @Emmyhero

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