Chapter 5「決着の夕景」

「ほらよ。それ使え」


そう言ってレッドは、メカゴブリンが持っていた蛮刀の1本をラグローの方へと滑らせる。


ラグローは困惑した表情で、レッドを見上げた。


「片腕しかない、逃げ腰のお前を倒すのは、ヒーロー的に良くないからな。その剣使えよ。俺も片手だけで相手してやる」


そう言ってレッドは、左手を背中に回す。

これで条件は同じだな、とでも言うかのように。


レッドの姿勢は、確かに高潔なものだった。

打算や見栄ではなく、ただ自らの生き方に対するこだわりで行動を選択している。


剣城龍也という青年が、この世界に来る前から貫き続けてきた信念がそうさせていた。


そして……その英雄ヒーロー姿が、ラグローの肥大な自尊心を傷つけた。


「なめやがって……小僧!」


ラグローの心から、恐怖が消えた。

その心を埋め尽くすのは、かつて族長を背中から刺した時と同じ感情。


他者より劣る事を何より厭う、虚栄心だった。


「俺様は魔王軍、獣狩り部隊ワイルドハント司令官、ラグロー様だぞぉぉぉッ!!」


残された左手で蛮刀を手に取ると、怒りのままに振り回しながらレッドへと斬りかかった。


「殺す!殺す殺すッ!」

「フンッ!ハァッ!」


闇雲に振るわれる刃に、レッドは冷静に対処する。

上段からの一撃を受け流し、横薙ぎの一閃を屈んで回避。一歩踏み込む事に激しさを増す剣戟に、正確に対処しながら後退していく。


しかし、檻車は直方体の形状となっている。

そのため足場は縦長で、直線上にしか進めない。

後退を続けるレッドは、徐々に追い込まれているとも言える状態だ。


「調子こいて片腕で戦うからだ!そのまま落ちろ!」


最後のひと押しとばかりに、ラグローは蛮刀に渾身の力を乗せて押し斬ろうとする。


前線に身を置かなくなったとはいえ、彼がゴブリンである事に変わりは無い。人間より優れた腕力にものを言わせれば、力押しなど余裕だろう。


加えて、怒りによって解き放たれた本能がその力を更に後押ししている。

鍔迫り合いに持ち込まれれば、勝つ事はほぼ不可能だ。


ラグローが万全の状態であった場合なら、という前提が付いた上での話だが。


「負けて、たまるかぁぁぁッ!」


重心が偏りバランスの悪い、片手だけでの戦い。

怒りで我を忘れ、力任せに突っ込んでくるパワー自慢の相手。


それでもレッドは、腹の底から叫んだ。

勇者として、ヒーローとして、悪にだけは負けられない。その想いを咆哮した。


次の瞬間、レッドは鍔迫り合っていた聖剣を傾け、蛮刀の刃を滑らせる。


支点をズラされた事で、ラグローは大きくバランスを崩した。

その脇をすり抜け、レッドはラグローの背後に回る。


「は……!?」


一瞬の行動に、ラグローは何が起きたか分からなかった。

目の前から突然レッドの姿が消えたように見えたラグローは、周囲を見回そうとする。


その一瞬の隙を、レッドは見逃さなかった。


「ハアァァァァァッ!!」


竜聖剣が、ラグローの背中を逆袈裟に斬り裂く。

背後に回られたことに気づいたラグローは、両目をカッと見開きながら振り返ろうとする。


だが、遅かった。


「竜聖剣・クリムゾンスラッシュ!」


続けざまに振り下ろされた炎の一閃が、ラグローの背中を縦に斬り裂く。

聖剣を包んだ火竜の炎は、切り口からラグローの全身へと燃え広がった。


「ぎゃあああああああああ!!」


ラグローは火だるまになりながら檻車から落下していく。

直後、ドサッという重たい音が響いた。


レッドはラグローが落ちた場所を覗き込む。

そこに残されていたのは、大地に広がる黒炭のみ。


レッドがそれを視認したのと同時に、竜聖剣が鉄剣へと形を戻す。

檻車から飛び降りたレッドは、竜炎の熱で使い物にならなくなったそれを墓標のように、地面へと突き立てた。


「レッド、終わった?」


声をかけられ振り向くと、ホワイトとブルーがこちらへと向かって来ていた。


どうやらメカゴブリン達は2人に倒されたようで、ブルーは周囲に霜を舞わせながら槍を回していた。

ホワイトの杖も途中で砕けたらしく、折れた木の棒が地面を転がっている。


「ああ、今終わったとこ」

「そっか。じゃあ、この檻開けよっか」


この後、捕らわれていた聖獣達は無事に解放された。

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