Chapter 4「赤き勇者の決断」

「く……ククク……グハハハハハハッ!」


突如、ラグローは高笑いを始めた。


「な、なんだぁ?」

「貴様、気でも狂ったか?」


レッドは思わず頭上を見上げ、グレンは怪訝そうな目を向ける。


すると、ラグローは不敵な笑みを浮かべながら、グレンを睨み返した。


「赤の勇者、そして紅蓮の火竜よ!貴様らの強さはよく分かった。だが、これ以上は動かない方が貴様らのためだぞ?」

「どういう事だ?」


困惑するレッドを尻目に、ラグローは抜いた剣で自らの足場を指し示す。


それは、森で捕らえた聖獣達を閉じ込めた魔鉄の檻であった。


魔鉱石より錬成された特殊な金属によって作られたそれは、檻の形をしていながら、捕らえた者の音すら外へ逃がさない性質を持つ。


どんな声を上げているかは不明だが、檻の中で暴れる聖獣達は、何かを訴えようと必死になっているのが伝わってくる。


「ッ!?人質にする気か!」

「姑息な手を……」

「なんとでも言うがいい!少しでも動けば……」


そう言ってラグローは、剣の柄尻に指をかける。

そこはボタンになっており、押し込むことができるような作りになっていた。


「こいつを押せば、檻の中に雷が走る!中の聖獣どもは苦しみながら死ぬだろうよ!」

「こいつ……!」

「こいつらを助けたいのだろう?さあ、武器を捨てて降参しろ!」

「くっ……!」


一瞬躊躇ったが、レッドはゆっくりと剣を下げる。


「赤の勇者、俺様は武器を下げろ、とは言ってないぞ。武器を捨てろ、と言ったんだ。聞こえなかったのか!」

「……あー、クソっ!わかったよ!」


悔しげに叫びながら、レッドは剣を地面に放る。

レッドの手を離れた事で、竜聖剣はただの鉄剣の形に戻り、地面を転がった。


「貴様もだ、紅蓮の火竜!妙な動きをしてみろ、こいつらの命は無いものと思え!」

「ホブゴブリン、貴様……何が望みだ?」


グレンは牙を剥き出しにしながらも、務めて冷静に問いかけた。


「この場から無事に帰還する、では足りんなぁ~……」


ラグローは顎に手を添えると、下卑た笑みを浮かべながら思案する素振りを見せる。


「そうだ、貴様らを魔王様への手土産としてやるか。そうだ、それがいい!」

「下劣な上に強欲ときたか……」

「無駄口を叩いている暇があるなら、とっとと地に降りたらどうなんだ?」


場の流れを掴んだラグローと、プライドの高いグレン。

睨み合う両者はお互い、一歩も譲る気がない。


その光景を見上げながら、レッドは思案を巡らせていた。


(グレンが時間を作ってくれている間に、この状況を打破しないと……)


周囲を見回す。

左右には、身長3m近くはある大型のメカゴブリン。

檻の近くには、3体のメカゴブリンが待機しており、不測の事態に備えている。


大型メカゴブリンの後方には、先程手放した鉄剣が転がっている。

この包囲を突破し、武器を取りに行くのでは、人質に取られた聖獣達に危険が及ぶだろう。


(この場にあるものだけでは、状況を打破するのに少し足りない。それを補うのは──)


その時、レッドの懐で”何か“が小刻みに振動した。


(来た!)


それを感じ取ったレッドは、兜の下でニヤリと不敵に笑った。


「うおおおおおッ!!」


レッドは拳を固く握りしめると、大型メカゴブリンへと燃える拳を突き出した。


「必殺、勇者パーンチ!」

「なに!?赤の勇者、貴様聞いていなかったのか!妙な動きを見せれば、この聖獣どもは死ぬんだぞ!」


突然のレッドの雄叫びに、ラグローは驚きながらも、再び先程の脅し文句を繰り返す。


レッドは大型メカゴブリンに当たる寸前、拳をピタッと止めると数拍置いてそれを降ろした。


「チクショー!武器使わなければいけると思ったんだけどなぁ!」


口を尖らせながら、屁理屈を言う子供のように、レッドは渋々両手を上げる。


「その鎧も外してもらおうか。何をされるか分かったもんじゃないからな」


ラグローは更に要求を付け加え、スイッチをチラつかせる。

それを聞くと、レッドは左右を見回しながら聞き返した。


「武装解除した瞬間、隣のこいつらから棍棒が飛んできて、頭パッカーン……なんて企んでないよな?」

「普段の俺様ならそうしてやる所だが、お前は生かしたまま魔王様の前へ連れていかねばならんからなぁ。有難く思え」

「……分かった。呑んでやる」

「タツヤ!」


勇者の鎧を外そうとするレッドを、グレンが厳しい口調で静止する。


しかし、レッドは静かに首を横に振った。


「グレン、あの聖獣達を助けるためだ。ここは素直に従おう」

「この下劣な輩が約束を守るとは、到底思えん!」

「けど他に方法が無いだろ!」

「くっ……!」


グレンが言葉に詰まったのを見て、ラグローは両者を見回した。


「決まったか?」

「ああ。約束は守れよ」


ラグローを睨みながらも、レッドは左手首のバングルに手をかざす。


全身を包んでいた赤い鎧は、光の粒になって消滅し、赤の勇者ドランレッドは剣城龍也つるぎたつやの姿に戻っていった。


龍也が変身を解いたのと同時に、グレンも大地に足を付ける。


「へぇ、噂の勇者様がまさか、こんなヒョロっちいとは。大層な鎧は飾りってわけか!」

「ゴブリンにしちゃあ細いやつに言われたくないんだが?」

「うるせぇ!お前ら、捕らえろ!」

「痛たたたたッ!?ら、乱暴過ぎるだろ……」


命令に従い、メカゴブリンは龍也の両腕を後ろに回して押さえつける。

鎧も武器もない龍也は、抵抗する間もなく悲鳴を上げた。


「勇者を捕らえた手柄ともなれば、四天王に加えてられてもおかしくはあるまい!また出世してしまうなぁ~、グハハハハハハ!」


自らの勝利を確信し、高笑いするラグロー。

手持ちの兵を殆ど失ったものの、それ以上の成果を得た事を確信した彼の心は、完全に有頂天になっていた。


(魔王の力は強大に過ぎる。俺様の力で敵う相手ではない。しかし、その絶対的な存在の下に付く者達……その中での頂点であれば、至る事も不可能ではない)


このままこの場を離れ、城に戻った後に待つ出世への道筋を想像する。

彼の頭に浮かんだのは、他の土地に住むゴブリン達や、王国の人間達が自分の足元に跪く姿だった。


(その地位さえ手に入れれば、誰も俺様を下には見ない!見下されない!俺様がいちばん偉くなれる!ああ、想像しただけで笑いが止まらねぇや!)


「──でさ、お前は俺達をどうやって運ぶつもりだ?」


彼の笑いを遮ったのは、目の前にいる青年の言葉だった。


「グレンの大きさだと、その檻もう1個要るんじゃない?そんなに聖獣達を詰め込んでる所には、入れないだろ?」


龍也の声には何処か余裕のようなものが受け取れた。

まるで、この状況を一手で覆す策でもあるかのように。


その態度が、ラグローの癇に障った。


「黙れ!貴様、まだ何か企んでるな!?」

「それはどうかな?まあ、自分が有利だと思って勝ち誇ってる悪党ほど、その鼻っつらを叩き折るのは爽快だろうな~とは思ってるよ」

「減らず口を!こいつを押してやってもいいんだぞ!」


龍也の言葉に苛立ちを募らせ、ラグローは逆手持ちにした剣を見せつけるように突き出した。


刹那、突き出した右腕が宙を舞った。


「……は?」


何が起きたか認識できず、ラグローは瞠目した。


突如、目にも止まらぬ勢いで空から降りてきた青い影。

宙を舞う右腕と、飛び散る鮮血。


痛みが遅れて伝わり、やがてじわじわと焼けるような感覚が腕を昇ってきた。


「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?お、俺様の腕……うっ、うで、腕がぁぁぁぁぁっ!?」

「へぇ、外道にも痛覚はあるんだな」


氷の刃を備えた長柄の武器を手に、声の主は立ち上がる。


そこに居たのは青の勇者、ユニブルーだった。


更にその直後、宙を舞う腕に握られた剣の刀身に、白くしなやかな何かが巻き付き、ある一点へと引き寄せる。


「よっと。ナイスキャッチ、私!」


その先へと視線を向けると、蛇魚を模した鞭を手にした白の勇者、リヴァイホワイトが立っていた。


「ブルー!ホワイト!ナイスタイミング!」

「貴様ら、いつの間に……!?」


突如として現れた援軍に、ラグローは動揺した。

周囲を見張っていたはずのメカゴブリン達ですら、勇者2人の接近に気づかなかったのだ。


「俺の相棒は足癖が悪くてな。その気になれば、一蹴りでかなりの距離を飛ばせるのが強みなんだ」

「保護色って知ってる?昆虫とか動物が外敵に見つからないように、体色を風景に擬態する性質なんだけど。それ、ミーナも使えるんだよね」

「聖獣どもの力か!小癪な……!」


ラグローは思いっきり歯ぎしりした。

完全に優位だった盤面を、突然ひっくり返されたのだ。当然の反応だろう。


「助かったよ。お前が感情に流されやすいタイプで」

「まさか……今までの貴様の言動は……」

「時間稼ぎさ。仲間が来るまでのな!」

「き、貴っ様ぁぁぁぁぁ!!」


絶叫するラグローの背後から、強烈な風圧が叩きつけられる。


圧倒的なまでの、まるで炎のような殺気にラグローは思わず肩を跳ねさせ、おそるおそる振り返る。


「ひぃっ!?」


そこには、緑眼を爛々と煌めかせながら羽ばたく、紅蓮の火竜の姿があった。


「タツヤ、もう加減の必要は無いな?」

「ああ、一撃で終わらせてやる!」

「やってみせろ、我が契約者!」


グレンが起こした風圧で、大型メカゴブリンが一瞬怯む。

その隙に、龍也は包囲を抜けて走り出した。


「ホワイト!その剣こっちに!」

「OK!落とさないでね!」


ホワイトが剣を投げたのとほぼ同時に、龍也はバングルに手をかざした。


「天声転身ッ!うおぉぉぉぉぉッ!!」


グレンの額とバングルに輝く紅玉が、雄叫びと共に詠唱された文言に応じるように光を放ち、龍也の身体は赤い閃光に包まれる。


光が弾けると、赤竜の姿は消えていた。

そして代わりに現れた赤の勇者が、再び聖剣を手に取り、悪の前に立ち塞がった。


「お、俺様の剣が!!」

「これでもう、俺達を脅せないな」

「お、おのれぇぇぇぇぇッ!!お、お前たち!お、俺様を守れぇぇぇ!」


檻の上に着地するレッド。

腰を抜かしたラグローの声に応じるように、2体のメカゴブリンが登ってくる。


「まずはこいつら倒せって?」


上等だ、と言わんばかりに剣を構えるレッド。


だが、その肩をポンと叩く者がいた。

いつでもトドメが刺せるよう、長槍を構えていたブルーである。


「ムカつく野郎をぶっ飛ばすんだろ?なら、こいつらは俺が相手してやるよ」

「ブルー……」

「勘違いすんな。こいつは貸しだかんな」


それだけ言うと、ブルーは槍の石突と足払いで器用にメカゴブリンを下に落とし、自らも檻から飛び降りていった。


「さて、邪魔な奴らは消えたし……始めるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る