Chapter 3「聖獣を狩る部隊」

「お願いします!私にも、友達を助けさせてください!」


「それは出来ないわ」


誰より先に口を開いたのは、リアだった。

エリは困惑を浮かべた表情で顔を上げる。


「戦う力を持たないあなたを、わざわざ戦場に連れていく事なんて出来るはずがないでしょ」

「でも、私は……!」

「勘違いしないで。何も役立たずだから、だなんて言ってないわ」


エリの言葉を遮り、リアは彼女の目を真っ直ぐに見据えて続けた。


「あなたの役目は、友達が戻ってきた時に出迎える事よ。謝るのはその時にしなさい」

「リアさん……」

「で、魔王軍と戦うのはうちの勇者たちの役目よ。分かってるわよね!」

「おうよ!」

「はい!」

「ええ!」

「勿論です!」


リアに視線を向けられ、勇者たちは各々笑みを浮かべながら返事を返した。


「エリちゃんを泣かせた魔王軍のクソ野郎どもは、俺が全員ぶっ倒して来てやるよ!」

「捕まってるなら、怪我してる可能性もあるんだよね?わたしも同行します」

「私は村に残ります。生ける屍リビングデッドの生き残りがいないとも限らないので」

「あいつらもう死んでるのに、生き残りって言うのも変だよなぁ……。あ、俺も村に待機で」

「決まりね!それじゃ、出陣よ!」


リアの号令と共に、蒼馬と真魚が駆け出していく。

それを見て、エリは思わず口を開けていた。


先程までの丁寧な言葉遣いと異なる、強気な口調。

伝説の勇者と呼ばれる者たちへのリアの態度。

それはとても、ただの巫女のものとは思えなかった。


「あの、リアさん……あなたはいったい……?」


戸惑うエリに向き直ると、リアは自分の胸に手を当てて、そして堂々と宣言した。


「リュコス王国第二王女の名にかけて、あなたのお友達は必ず連れて戻ります。だから安心して待ってなさい」


□□□


一方その頃、村から離れた平原にて。


聖獣達を捕らえた檻を引いていた魔王軍『聖獣狩り部隊』は、後方から迫る敵影を補足。

兵士達は弓矢による攻撃を始めていた。


敵影の正体、“紅蓮の火竜”は地上からの矢を躱しながら、魔王軍の周囲を旋回していた。


「ええい!赤の勇者め、邪魔をするな!」


聖獣達を閉じ込めた自走式檻車の運転席。

そこにふんぞり返っていた、部隊の指揮官らしき服装のホブゴブリンは忌々しげに空を睨む。


配下のメカゴブリンは、片腕や頭部を機械化され、鉄の鎧で急所を守っている。

だが、このホブゴブリンは自分で前に出る気がないのか、鎧のようなものは一切身にまとっていなかった。


ただ、権威を見せびらかすような黄金の兜と、首からジャラジャラとさげた下品な首飾りが彼の性格を表しているとも言えるだろう。


「悪役にそう言われて、はいそうですかと聞き入れるヒーローが居るかっての!」

「ええい、減らず口を!やれ、弓兵部隊!毒矢を放て!」


ホブゴブリンが率いる機兵、メカゴブリン部隊は鏃を毒矢用ののものに持ち替えると、再び弓へとつがえる。


その様子を見た赤竜……レッドからはグレンと呼ばれるドラゴンは、怒気をはらんだ声で呟いた。


「毒矢か……。殺すための武器ではなく、苦しめるための武器というのが気に食わん!」

「グレン、どうする?」

「弓兵どもは我が引きつける。その隙にタツヤ、お前は他のゴブリンどもを倒せ!」

「おうよ!」


地上から重力に逆らって飛んでくる毒矢を躱し、その巨体を素早く翻すグレン。

その一瞬の間に龍也……ドランレッドは気付かれることなく飛び降りた。


先程倒したスケルトンから回収した剣の一本に力を込めると、竜聖剣へと変化させる。


地上を見下ろすと、メカゴブリン達はグレンの巨体に意識を向けられ、こちらにまだ気がついていない。


レッドは剣の刃に指を添えると、それを剣先へと添わせて動かした。

指の動きに合わせ、刃に赤い炎が燃える。


「初手から決めるぜ!必殺、竜・聖・斬ッ!」


真っ赤に燃える炎剣を握り、地上へ向けて横一閃。

放たれた炎の斬撃は、地上のメカゴブリンを20体ほど焼き尽くした。


「赤の勇者!?くっ、赤竜は囮か!」

「密猟は良くないぞ!聖獣達は返してもらう!」


大技の熱で変形してしまった剣を投げ捨て、レッドは新たに取り出した剣を構える。


「残り30体……無駄に大技は出せない、か」


内、17体が弓兵。残りはホブゴブリンを含め、接近戦メインの装備で身を固めている。

弓兵部隊はグレンに任せ、レッドはメカゴブリン部隊へと突貫した。


「ハァァァァッ!」


振り抜かれる蛮刀よりも速く。振り下ろされる棍棒より重く。

機械化され、より素早く精密な動作を獲得したゴブリンへと、レッドの剣捌きが炸裂する。


1体、また1体と、踏み込む度に剣を振るう。

腕が飛び、胴が裂け、首を落とされ地に倒れるメカゴブリン。


だが、魔王の手により機械化された瞬間から、ゴブリン達に痛覚は無い。

首を落とすまで止まることはなく、残った四肢で標的を狙ってくるのが機獣の性質だ。


仕留め損ねた1体が、レッドの背後から迫り来る。

斬られず残った左腕で、蛮刀を振り上げ飛びかかる。


しかし、その刃がレッドの背中を斬り裂く事はなかった。


背後からの気配に気づいたレッドは、振り向きざまに剣を振るう。


その切っ先はメカゴブリンに届かない。

だが空を斬った瞬間に、半月状の赤い炎がメカゴブリンの腹を裂いた。


「ゴバッ!?」


真っ二つになると同時に、割かれた体は炎に包まれ焼き尽くされる。

死を恐れない軍隊では、レッドの足を止めるに至らないのだ。


「あ、ああ、有り得ない……。今のは完全に不意を突いて居たはず……!」


その光景に、ホブゴブリンは思わず後退った。


レッドが一歩近づくほどに、己の死が迫っているのだ。

この部隊の中で唯一生身の彼には、それが何より恐ろしかった。


このホブゴブリン、名をラグローという。

元は山ゴブリンのとある部族で族長に次ぐ地位に居た者である。


欲深く、自分の地位に満足していなかったラグローは下克上を画策しており、族長の座を虎視眈々と狙っていた。


そんなある日、集落が魔王軍による襲撃を受ける。

蹂躙される集落と、為す術なく斃れゆく同胞たち。圧倒的な力を前に、村の誰もが絶望した。


やがて、力の差を見せつけた魔王軍は、ゴブリン族に降伏を迫る。

降伏し、魔王軍に与すれば生命と生活は保証する。歯向かえば、部族の女子供まで残らず鏖殺。まさに生か死の選択だった。


それに対し、族長はゴブリン族の誇りにかけて、徹底抗戦の構えを示した。

『山に生まれ、山で育ち、自由と共に生きる。他のゴブリンがどうであれ、これが我が部族の在り方である』というのが、族長の言い分だった。


族長の意見に異を唱える者は居なかった。

戦士や狩人だけでなく、女や子供も族長と同じ意見だった。


元々彼らは山の部族。縛られて生き残る事よりも、自由を懸けて戦う事を選ぶのは必然だったと言えるだろう。


ただ、一人を除いては。


そのゴブリンは野心のままに、族長を背後から不意打ちし、魔王軍に交渉を持ちかけた。


それだけではない。他の同胞全てを魔王軍に売り渡す事で、身の安全と指揮官の地位を獲得したのだ。


そして機械化されたかつての同胞達を従え、現在は魔王軍の聖獣狩り部隊を率いている。

それがこの男、ラグローである。


(あれが勇者……魔王様に唯一対抗できる、異界からの召喚者……!強過ぎる……!)


後ずさるラグローの背後から、何かが燃える音が耳を刺した。


反射的に振り返れば、そこに広がっていたのは……火炎渦巻く息吹によって、弓兵部隊を焼き尽くした紅蓮の火竜の姿があった。


全身を焦がしながら斃れゆく弓兵たちは、竜の羽ばたきと共に崩れ落ち、黒炭へと変わる。


その上空で、赤竜グレンは翡翠のように輝く双眸を煌めかせ、ラグローを睥睨していた。


「兵はこれだけか、ホブゴブリン」

「ひ、ひぃ……!」


思わず腰を抜かし、ラグローは尻もちをついた。


まさに前門の勇者、後門の赤竜である。

残されたのはメカゴブリンが3体と、大型のメカゴブリンが2体のみ。ラグローは完全に詰んでいた。


「さあ、同胞たちを解放してもらおうか」


威圧感を伴う声と共に、こちらへと迫るグレン。


この状況を打開する方法を探ろうとして……ラグローは今、自分が尻もちをついているものが何かを思い出した。

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