Chapter 2「焼き払われた森」
それから間もなく、村の復興が始まった。
家屋が無事だった人々は家に戻り、家屋が焼けてしまった人々を手伝っている。
教会は家を失った人々に屋根を提供し、炊き出しを始めていた。
そして、教会の裏側にて……この村の村長は、勇者一行の前に跪いていた。
それも感謝の平伏ではなく、謝罪の意を込めて。
「それで、どういう事なのかしら?」
村長の前で仁王立ちしているのは先程、村人達を誘導していた巫女であった。
白い肌、金色の瞳、そしてベールの下から見え隠れする銀髪。
見目麗しい外見でありながらも、その態度はどこか荒々しい。
腰に両手を当て、土下座している村長を怒鳴りつけていた。
「村の住民から聞いたわよ。村長、あんた聖獣達の住む森を焼いたらしいじゃない!どういうつもりよ!」
「申し訳ございません!弁解のしようもございません……!」
巫女は今にも村長に殴りかからんとする勢いだ。
「リアさん、もうちょっと落ち着きましょう?ね?」
リアと呼ばれた巫女を諌めたのは、大柄で体格のいい少年。
バングルに輝く黄色い宝玉から、イエローである事が分かる。
「ヨシヒコ……。こいつは許されない事をしたのよ!?この世界の法に触れたの!」
「だからって責め続けてたら、話せる事も話せないよ~。向こうの言い分も聞いてみたら?」
ウェーブがかかったショートヘアの少女が、にこやかな笑みをたたえながら付け加える。
彼女のバングルには、白い宝玉が輝いている。
「ぐぬ……確かにマオの言う通りね……。いいわ、何でそんな馬鹿げた真似をしたのか、聞かせてもらおうじゃない」
「そ、それが……」
村長は顔を上げると、おそるおそるといった様子で言葉を絞り出した。
「まったく、覚えていないのです」
「ハァ!?覚えてないって何よ!?」
「それが、私にも何が何だか分からないのです……。聖獣達は我々と共に生きる存在、それをどうして……」
村長に嘘を言っている様子は無い。本当に分からない、という表情だ。
リア達は困惑した。
「リアちゃ~ん、真魚ちゃ~ん!そっちの尋問どうだった~?」
「あ、蒼馬さん」
「うげ、ソウマ……」
そこへ、村の方から3つの人影がやってくる。
蒼馬と呼ばれた、軽薄そうな印象を受ける眼鏡の青年に声をかけられ、リアは一瞬口角をヒクつかせた。
「アンタ、また女の子引っ掛けたりしてないわよね?」
「そんな事ないって。ただ、村長さんの娘さんに話聞いてみただけで……」
「引っ掛けてんじゃないの!」
「ま、まあまあリアちゃん落ち着いて!」
良彦は慌てて二人の間に割って入る。
「何すんだよビビり!男が俺とリアちゃんの会話に割って入ってんじゃねぇ!」
「だ、だって、話が進まなくなるし……」
「女の子との会話は一分一秒一言一句が金にも勝るんだよ!遮られるだけでどれだけの損失が出てるか、お前に分かるか!?」
「あーもう、面倒臭いなこの人!」
リアはため息を吐くと、胸の前で腕を組んだ。
「それで、何か分かった?」
「ああ。娘さんの話によると、村長のオッサンが村を焼く前の日、村の外から来客があったんだと」
「来客?」
「そう。なんでも、リュコスまで向かう途中の、魔法使いの女だったらしい」
「その女がどうかしたの?」
何の不思議もないじゃない、とリアは首を傾げる。
魔王軍の侵攻以来、国家間を結ぶ鉄道は運休したままだ。
そのため移動手段は徒歩か馬、或いは聖獣に乗ってのものに限られるようになってしまった。
この世界では別段、ありえない話ではないのだが……。
「それが、その女の人は従者も連れず、一人でこの村に来たらしいのよ」
蒼馬の説明に付け加えたのは、緑がかった髪を肩まで伸ばした、お淑やかな雰囲気を漂わせる女性。
バングルには緑色の宝玉が輝いており、成人手前らしき村娘の肩を支えていた。
「一人で?それは妙ね……ってコトハ、その娘は?」
「この娘はエリさん。村長さんの娘さんで、その女の人について知ってるらしいの」
エリと呼ばれた茶髪の女性は、俯きながら肩を震わせていた。
彼女の様子を見たリアはなるべく緊張させないよう、猫をかぶり直す。
「んんっ……エリ様、どのような事でも構いません。覚えていることだけ、話してはいただけないでしょうか?」
「はい……巫女様。私の知っている全てをお話いたします」
そう言って、エリは細々と語り始めた。
「3日ほど前です。その女性は一晩だけ泊まって、次の日には村を出ました。見た目や雰囲気には、それほど不審な所は見当たらなかったと思います……」
「では、怪しいというのは?」
「実はその夜……私、夜中に目が覚めてしまいまして、水を飲みに台所へと向かっていたんです。そしたら……何故か父の寝室の戸が開いていて……覗いて見たら、その女の人が……父に怪しげな魔法を……」
その場の全員が息を呑んだ。
「その翌日からです。父がおかしくなったのは。村から聖獣達を追い出して、翌日には森に火を……」
「あの時は本当に、それが正しい事のように思い込んでいたんです。人間と聖獣は、相容れぬ存在なのだと……そう信じて疑わなかった……」
父娘は共に涙を流していた。
本当に、取り返しのつかない事をしてしまったと思っているのは間違いない。
『わたしが思うに、恐らく洗脳魔法の類だろう』
真魚のバングルが点滅し、中性的な声が響く。
村長父娘以外の視線が、一斉にマオへと集中した。
「ミーナ、洗脳魔法って?」
『他者の心を操る禁術さ。ただ、二、三日で自然と解けている辺り、下位魔法の
「禁術って……その女、何者なのよ!?」
『そちらに関しては、僕から報告が』
今度は蒼馬のバングルが点滅した。
「ヒョウガ、何かあるの?」
『村長殿の家を調べさせてもらった所、消えかけてこそいたが死の臭いが漂っていた。つまり……』
そこまで聞いた時点で、一同は同じ存在を思い浮かべた。
「魔王軍……まさかこんな所まで手を伸ばしていたなんてね……」
「村人と聖獣を分断して、村を一気に制圧する……。理にかなった作戦だね」
「許せない!よくもこんな酷いことを!」
冷静に分析する真魚。憤慨する良彦。
そこでリアはふと、何か思い出したように周囲を見回した。
「あれ?そういえば、タツヤは?」
「龍也くんなら、村でエリさんの話を聞いてすぐに、森の様子を見てくるって」
「あの熱血オタク、勝手に動きやがって」
蒼馬が悪態をついたその時だった。
リアの懐から、リュートの幻想的な音色が鳴り響いた。
気づいたリアは懐から、鉱石のようなもので作られた小さな板を取り出す。
音はその板から発されており、リアは板の表面に指を滑らせると、それを耳に当てた。
『もしもし、リア?』
「ちょっとタツヤ、アンタなに勝手に一人で行動してんのよ!?」
『ごめん!でもお説教は後でいい?』
「はぁ!?今どこなの?」
『場所はタブレットに送るから、とにかく今すぐ合流してほしい!早くしないと手遅れになる!』
龍也と呼ばれた声の主は、何やら焦っているようだ。
リアは首を傾げながら、板に浮かび上がった地図を確認する。
「村からかなり離れてるじゃないの!?どういうつもり!?」
『嫌な予感がしたんだ……。村長が森を焼いたのが魔王軍の差し金だったとして、村人と聖獣達を分断するなんて大それた策略、こんな小さな村に対して使うものなのか?』
「言われてみると……」
「割に合わないね~。あの数なら力押しするだけで制圧できたと思うよ」
龍也の言葉に、リアは怪訝そうに眉をひそめ、真魚も頷いた。
琴羽は龍也が言わんとすることを察し、続きを促す。
「龍也くん、もしかして何か見つけたの?」
『ああ。森があった場所も、そして周囲の無事だった森にも、聖獣達は一匹も見当たらなかった。そして──』
そして、龍也からの次の言葉に、一同は瞠目する事になった。
『森には魔王軍の臭いが残ってた。間違いない、連れてかれたんだ!魔王軍に!』
「それって、つまり……」
「聖獣狩り……」
魔王軍はティアマス侵攻と共に、聖獣達を攫っていた。
そして連れ去った聖獣達を改造した『機獣』を生み出すことで、戦力を拡大している。
人々はそれを『聖獣狩り』と呼んでいた。
『聖獣狩り部隊には、俺が今追いついた所だ!地図の場所で待機してるから、合流して皆で……うおぉっ!?』
龍也の慌てた声の直後、風を斬る音が響いた。
「タツヤ!?どうしたの!?」
『やっべぇ……向こうに気付かれた!皆、急いで合流してくれ!頼む!』
「ちょっ……タツヤ!タツヤ!!」
龍也は回線を閉じたらしい。
リアがタブレットを懐に仕舞うと、勇者達は共に駆け出した。
「あ、あの!」
駆け出そうとして、エリの声に、勇者達は足を止める。
「エリさん?」
「せ、聖獣達を、助けに行くんですよね?」
エリの声は震えている。
だが、それでも彼女は立ち上がり、まっすぐに前を見据えて、絞り出すように叫んだ。
「わ、私も一緒に……連れて行ってくださいっ!」
彼女の言葉に、村長は驚きながら立ち上がる。
「エリ、お前……」
「私、聖獣達に謝りたい!お父さんを止められなかったこと、住む場所を奪ってしまったことを、償いたいんです!」
エリは深々と頭を下げ、勇者達に懇願した。
その瞳に大粒の涙を浮かべ、村一番の美人と言われるその顔をクシャクシャにしながら。
「お願いします!私にも、友達を助けさせてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます