異世界で戦隊始めました。(パイロット版)

金城章三郎

Chapter 1「屍者の軍勢」

とある異世界の大陸、ティマオス大陸。

四つの王国に分かれたこの大陸には、魔法が溢れ、そして人語を解する魔物『聖獣』が、人々と共に暮らしていた。


しかし、平穏なティマオスを突如として脅かす脅威が現れる。

魔王軍と名乗るその勢力は徐々に侵攻し、ティマオスを混沌の時代へとたたき落とした。


人々は祈った。奪われた平穏が取り返されることを。

人々は願った。この危機を救う勇者の出現を。


そしてある日、魔法の国リュコスは勇者の召喚に成功する。


これは、異世界に召喚された5人の勇者達の物語である。


□□□


空気を切り裂くような悲鳴が、村中に溢れていた。


あちこちから上がる黒煙。逃げ惑う村人たち。

子供は泣き叫び、兵士たちは武器を手に取り怒号と共に走り出す。


振り下ろされる剣、風を貫き飛ぶ矢。

しかし、兵士達の懸命な攻撃をものともせず、命なき者達は剣を振り下ろした。


「や、やめろっ!やめ……来るなぁぁぁっ!」


村を守る兵士たちですら悲鳴を上げ、一人、また一人と死んでいく。

その光景はまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。


大挙して村に押し寄せているのは、生ける屍リビングデッドの軍勢。

腐乱した肉体で動き回るゾンビや、骨だけの身体となったスケルトン。五体のいずれかが欠損した死者の兵士らが、生者を貪ろうと歩き回っている。


「た、太陽がまだ落ちてもいないのに……」

「魔王軍のゾンビどもには、昼も夜も変わらねぇのかよ!」

「クソっ!死霊払いの武器が役に立たないぞ!」

「鎧だ!あの鎧に弾かれるんだ!」

「あんな鎧を纏ったゾンビやスケルトンなんて、聞いたことがないぞ!」


家屋だけではない。既存の常識すら破壊しながら迫る脅威に、人々はただ怯えるしかない。


「誰か!誰か、うちの坊やを見ませんでしたか!」

「お父さん!お父さん!誰か、お父さんを助けて!!」

「村長が森を焼かなければ、こんな事にはならなかったんだ!」


息子とはぐれ、街をさまよう母親。

崩れた家屋の下敷きになった父親を前に、助けを求める少女。

この惨状を引き起こした原因へと、怒りを募らせる者。


人々の心を絶望が覆いつくそうとした、まさにその時だった。


「クリムゾン・フレアーッ!」


空の彼方から生ける屍の軍勢へと、紅蓮の炎が降り注いだ。


屍たちは肉片も、その骨の一欠片さえも残さず焼き尽くされ、塵に還る。


「な、なんだ!?」

「今のはいったい……!?」


突然の出来事に、人々は思わず空を見上げる。


すると、太陽を背に大きな影が舞い降りた。


真っ赤なドラゴンが、村の門の前へと舞い降りる。

村で一番大きな穀倉や、教会の聖堂よりも更に大きな体躯は、翼を大きく羽ばたかせながら村の前に着陸した。


しかし、それだけではなかった。

人々を更に驚かせたのは、ドラゴンの隣に4体の巨獣が降り立った事だった。


緑色の不死鳥。青いユニコーン。白い海蛇。黄色い猛牛。


そしてそれらが一瞬にして光の中に消えると、6つの人影が並び立っているのが見えた。


「そこまでだ、魔王軍!!」


雄々しい叫びが響き渡った。

弓を構えたスケルトンも、槍を突き出そうとしていたゾンビも、その場にいる全てが彼らに目を向けた。


「「「「「天声転身てんせいてんしん!!」」」」」


五人の腕から、五色の光が迸る。

眩い光に包まれ、影は形を変えていく。


やがて光が収まると、そこにはそれぞれ五色の鎧に身を包んだ、五人の戦士が立っていた。


「赤の勇者!ドランレッド!」


「緑の勇者!フェニッグリーン」


「青の勇者!ユニブルー!」


「白の勇者!リヴァイホワイト!」


「黄の勇者!タウラスイエロー!」


中心に立つ赤い鎧の青年に続くように、五色の勇者らはそれぞれ名乗りを上げる。


そして最後の一人が名乗り終えると、レッドは掌を突き出した。


「世界を照らす5つの光!」


『勇者戦隊!テンセイジャー!』


突然現れたカラフルな五人組に、生ける屍リビングデッドは困惑しているのか、首を傾げている。


「今よ!さっさと倒しなさい!」

「っしゃあ、行くぜ!」


と、1人だけ鎧を身につけていない6人目の少女が叫んだ直後、五人はそれぞれ走り出した。


そこでようやく、彼らが敵だと認識した屍たちは、それぞれの武器を構え直す。


しかし、呆気に取られていた間の一拍は、勇者たちに大きなアドバンテージを与えていた。


「どりゃあッ!」


竜を模した赤い鎧の勇者が、勢いよく炎拳を突き出す。

炎拳はスケルトンの頭骨を一撃で粉砕し、スケルトンは崩れ落ちた。


続けて繰り出す拳でもう一体の頭骨を砕き、背後から襲いかかる三体目の攻撃を躱すと、燃える脚で回し蹴りを叩き込む。


「おっ、ちょうど良さそうな剣見っけ!」


ちょうど足元に、スケルトンが落とした剣を見つけると、レッドは前転しながらそれを掴み、正面に構えた。


「グレン、この剣使えるか?」

『そこらの安物よりは、使えそうだ。10体は斬れるだろう』


左腕に輝く赤い宝玉が嵌められたバングルに、レッドは語りかける。

宝玉は点滅しながら、老成した印象を受ける男の声を返していた。


「10体か~。まあいっか、まずは10体!」


そう言うとレッドは、剣に力を流し込む。


すると装飾一つない無骨な剣は、竜の頭部を象った赤い両刃剣へと形を変える。


「猛れ!竜聖剣!」


剣の銘を叫ぶと、レッドは向かってきていたゾンビへと斬り掛かる。


一振りでゾンビの肉体は真っ二つに切り裂かれ、切り口から吹き上がった炎に焼き尽くされた。


「フッ!ハッ!」


一方、同じ頃の村の中。

ユニコーンを模した青き勇者の華麗な蹴りが、ゾンビの肉体を貫いていた。


踊るように華麗な動きでゾンビの攻撃を躱しながら、的確に足技を叩き込んでいく。

彼の足がゾンビに命中する瞬間、その踵から発生した氷柱が、腐肉を貫き砕いていた。


「もう大丈夫だよ、お嬢さん」

「あ、ありがとうございます!」


周辺にいたゾンビを片付けると、ブルーはキザったらしい態度で女性に手を差し伸べる。


「ここは危険だ。早く逃げるといい」

「で、でもうちの子がまだ……」

「あ!お母さん!」

「え?あ、居た!」


と、そこへ一人の男の子を連れた人物がやってくる。

その人物もまた、猛牛を模した黄色い鎧に身を包む、勇者の一人であった。


「お母さん!」

「ああ、無事だったのね!勇者様、ありがとうございます!」

「いえ、俺は何も……」

「チッ……先越されたか」


母親は息子を抱き上げると、黄の勇者に頭を下げる。

その様子を、青の勇者は不服そうに見つめていた。


しかし、村の大通りを埋めつくしていた生ける屍リビングデッドは、まだまだ勢いを衰えさせることなく迫ってきていた。


「早く逃げるんだ!」

「勇者様!この村を、お願いします!」


息子と共に逃げ去っていく母親を背に、ブルーとイエローは並び立った。


「あーあ、野郎と並んで戦うとか、マジダッルぅ~。気分下がるわ~」

「そ、そんな事言わないでくださいよぉ……」


気弱そうな声で返すイエローを一瞥すると、ブルーは先程倒したゾンビが持っていた槍を拾い上げる。


「この鬱憤、お前らで発散してやんよッ!」

『ソウマ、怒りで我を忘れたりするなよ?』

「分ぁってるって。お前こそ、力加減間違えんなよッ!」


左腕に輝く青い宝玉が煌めき、握った槍が形を変える。

ユニコーンの頭と角を模した長槍を構え、ブルーは生ける屍リビングデッドの軍勢に突進した。


一方、イエローは出遅れてあたふたしていた。


『ヨシヒコぉ!俺達も負けていられないぞ!』

「で、でも……ゾンビもガイコツも、やっぱりちょっと怖い……」

『怖がらないで踏み出せば、あいつらくらい屁でもないぞ!ほら、頑張れ!』

「俺、そういうのは苦手なんだってぇ……」


左腕の黄色い宝玉に励まされながらも、どこかオドオドしているイエロー。


そんな彼の背後に、ゾンビがゆっくりと迫ってきていた。


『ヨシヒコ!後ろ後ろ!』

「へ?」


イエローが振り返ると、そこには……。


何体ものゾンビが、イエローに噛み付こうと口を開けていた。


「わああああああああっ!?」


思わず絶叫するイエロー。

反射的に、近くにあった木樽を投げつける。


強化された膂力で放り投げられたそれは、もはや立派な武器である。命中と同時に、ゾンビの身体を軽々と粉砕した。


「……あれ、倒せる?」

『だからお前がビビる必要ないんだって。な?』

「よ、よし!倒せるなら……倒せるゾンビなら、怖くなぁぁぁぁいッ!!」


倒せると気づいて吹っ切れたのか、イエローはそのままゾンビたちに向かって突進していく。


「うぉりゃあああああッ!」


イエローは力任せにぶつかっていき、多くの生ける屍リビングデッドを吹き飛ばしていった。




テンセイジャーと名乗った勇者達はそれぞれ散開し、次々と屍を打ち倒していった。


先程まで自分たちがあれだけ苦労していた死者の軍勢を、颯爽と現れて退治していく。

村人達はその姿に、驚いていた。


「あいつらは、いったい……」

「もしかして、伝説の勇者様なのか!?」

「一応、そういう事になっていますわ」


突然声をかけられた弓兵は、驚いて振り返る。

そこには、緑色の鎧に身を包んだ女性が佇んでいた。


「その弓、貸していただけますでしょうか?」

「え?あっ、はい」

「ありがとうございます」


いつの間に、この櫓に上がってきたのだろう?

兵士は驚きながらも、グリーンに自分の弓矢を渡す。


グリーンはその弓を握ると、自身の身体を包む力を注ぎ込んだ。

その直後、ただの素朴な弓は、不死鳥の翼を模した緑色の大弓へと形を変えた。


『強化魔法を付与されているだけはある。5、6発撃っても壊れなさそうだねぇ』

「このゾンビとガイコツ全部倒すのに、矢は幾つ必要かしら?」

『しっかり狙えば、5発で十分さ!』


左腕のバングルから喋りかけてくる、荒くれた女性の声に応じ、グリーンは弓を引き絞る。


櫓から遠方を見て狙いを定めると、グリーンは矢を手放した。


直後、放たれた矢は無数に分裂し、村へと火矢を放ったスケルトンらへと突き刺さる。

その矢の全てが、屍の頭骨だけを正確に射抜いていた。


頭を破壊された屍は力なく崩れ落ち、塵に還っていく。

グリーンはふぅ、と一息つくと、再び弓に矢をつがえるのだった。


一方、襲われていた人々は、生ける屍リビングデッドらが勇者達に気を取られている間に、慌ててその場を離れていく。


その中に1人、家の前で呆然と座り込んでいる少女がいた。


「ねぇ君、大丈夫?」

「え……?」


少女に手を差し伸べたのは、白い鎧に身を包んだ勇者だった。


「君、立てる?」

「え、あ……」

「……分かった。お父さんは私に任せて」


少女を立たせたホワイトは、彼女が逃げない理由を察すると、そのまま崩れ落ちた家へと歩いていく。


「あなたは……?」

「おじさん、ちょっと待っててね~……せーのっ」


ホワイトは、父親を下敷きにしている天井を軽々と退かすと、父親を抱えて家を出る。


少女の前に父親を下ろすと、ホワイトは父親の足を凝視した。

父親の両足は、崩れ落ちた天井に挟まれた際に、骨が折れてしまったようだ。


「ミーナ、治せそう?」

『死んでなければ余裕で治せる。このくらいなら、すぐにでも』

「じゃあ、よろしく」


ホワイトは患部に触れると、自らに力を与える存在の魔力を流し込む。


すると、痛みを堪えるように悶えていた父親の表情から、見る間に苦痛が消えていくではないか。


「これでよし、と。もう大丈夫」

「あ、足が動く……」

「お父さん!」


驚いている父親に、娘が力いっぱい抱きつく。

父親は迷わず娘を抱き返し、その頭を優しく撫でた。


「歩けますよね?じゃあ、そのまま安全なところまで逃げてください」

「ありがとうございます!」

「お姉ちゃん、ありがとー!」


逃げていく父娘を見送ると、ホワイトは別の家屋へと足を向ける。

戦闘を他の四人に任せ、人命救助を優先する。それが彼女なのだ。


そして、もう一人……。


「ほら、教会はこっちよ!」


村の避難所である教会へと続く道には、逃げ延びてきた村人たちを誘導する巫女の姿があった。


「落ち着いて!先に来ている人を押さないように!」


的確に避難誘導を行いながら、巫女は村の方へと目を向ける。


「頼むわよ。この村も、この国も、アンタ達にかかってるんだから」


巫女はボソッと呟くと、再び避難誘導に戻っていく。




それから一時間もしない内に、村を襲った生ける屍リビングデッドは殲滅された。

民家が15軒ほど焼け落ちてしまったものの、村人に死者はなく、幸いにも被害は最小限に留まっていた。

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