第2話

 エストレー王国には「1人の勇者と1つの魔王」の伝説があるという。

 青年はそれを聞いて二つ、疑問を抱いた。何故勇者は「1人」で、魔王は「1つ」なのか。

 そしてもう一つは……。

 「その勇者の力を、君が持っているという事のようだ」

 何故、自分は奇妙な世界に飛ばされ、しかも勇者であると告げられたのか。

 2匹の馬が牽引する大きな馬車に揺られている。来栖廉は出来る限り敬意を示そうと、席には座らず床に正座をする事にした。王国に正座の概念は無かったものの、見るからに動きにくそうな姿勢なものだから、とにかく害意が無いことは守衛たちに伝わった。

 来栖が正座をしていた対面には、足を組んで座っている60代ほどの男性がいた。頭に王冠を被り、ワインレッドの滑らかな絹のマントを着用する、荘厳な髭を蓄えた人物だった。

 「遂に現れてしまったな……勇者が」

 ため息に近い苦笑いを浮かべ、複雑そうな心境を滲ませる。


 「君の名前を聞かせてくれないか」

 「来……来栖廉です」緊張のあまり、一瞬吃ってしまう。

 「クルクルスレン?本当にそんな名前か?」

 「いいえ!クルスです!失礼しました!」

 名字が来栖で、名前が廉で……そんな説明に時間を掛けることすら恐ろしくて自分の名前を縮めてしまった。

 そもそも、ここに来るまでにも来栖は手一杯だったのである。


 来栖は最初、このような人の住む場所とはまるで異なる、森の深い場所にいた。

 生前に自分が何をしていたのかいまいち思い出せず、彼自身の記憶に翳りがあった。後に王国の占い師から聞いた話では、世界を跨いだ事で人との繋がりが途絶えてしまった事が原因なのだとか。その為、元いた世界の知識は存在しながらも、人と関わった記憶が存在しない。親も友達も何もかも、自分に居たのかが判然としない。

 サバイバルの経験など何一つ分からない来栖であったが、歩けど歩けど人に会わない。その代わりに彼を支えたのが……

 「な、なんだ。お前も?」

 鳥に栗鼠、狼に蛇にと数多の動物たちだった。例えば狼が林檎を取ってきたり、栗鼠が水の出る木の幹を齧って見せたり、鳥が川の流れる場所を教えたりしてくれた。

 当然言葉の通じない動物たちだったが、それでも何故か好意的でいてくれた彼らが来栖の為に手を尽くした。

 「俺、人に会いたいんだけど……」

 ダメ元で動物たちに話してみると、後ろに続いたあらゆる種族が代わりに先導してくれるようになった。


 そこから先の話も、思い出すだけで胃が痛くなる。

 結論から言うと、来栖がいたのはエルフの里の中だった。

 「何者だ貴様!どうして人間がここにいる!」

 エルフの彼らは自然に敬意を払い、果実や薬草などがどの程度生え、どのように循環するか……それらを正確に把握している。

 だからこそ、不自然にそれらの数が合わなくなった事を知れば彼らはその正体を突き止めようとした。

 そうして現れたのが、異郷の旅人の来栖だったのである。

 「いや、あの……俺もどうしてここにいるのかは知らなくて……」

 動物達は本当に「人のいる場所」に来栖を連れて行った。ちゃんと約束を守ってくれた訳だが、誤解を解いてくれる訳ではない。

 なまじたくさんの動物を引き連れるその姿もエルフにとっては怪しさしか感じられなかった。

 体感時間だと一昨日くらいまでは案外やっていけるかもと思っていた矢先、侵入者として来栖は牢屋に捕えられる事になる。牢木とも言うべき奇妙なそれは、よくしなる枝で網を作り、その中で囚われていた。


 そしてそれから半日と立たないうちに。

 「彼に用がある」

 と言ったのが今度こそ人間の一団だったのだ。

 エルフの里には朝着いた筈が、いつの間にか空は真っ暗。来栖は全身が極限に疲労していながらも、牢に囚われていた時に一度眠ってしまっていた為、眠気が来なかった。


 「その……何で俺を助けてくれたんでしょうか」

 来栖は姿勢を崩さないまま口にする。

 「それは君が勇者だからだよ、クルス」

 王様から発せられた言葉にはとても現実味が無かった。

 「俺、勇者なんですか?」

 来栖は自信無さげに答えた。彼は体を鍛えている訳でもないし、何か誇れる物も無い。強いて言えばエルフの里に生息するあらゆる動物に、好かれていたくらいだ。

 そう考えていたのが見透かされたように。

 「我々が向かう先、エストレー王国にはとある伝説がある。あらゆる者に好かれる、勇者の伝説だ」

 「……あらゆる者に?」

 「そうだ。魔王によって世界が引き裂かれた時、勇者があらゆる場所に赴き、世界を治めたと言われている。我が王国に吉兆の知らせがあり、それを辿って君に会いにきたのだ」

 「俺に……?」

 あらゆる者に好かれる……エルフの里で捕えられた苦い経験が来栖の脳内に過ったが、最終的には助かったのだからトントン……来栖の表情が百面相のようにコロコロ変わる。

 自分が、勇者。あまりに唐突で実感の湧かない展開につい他人事のような気がしてくる。

 「魔王と対峙するって……戦うって事ですか」

 「そうかもしれん。とりあえずは君には勇者らしき知見と度量。エストレー王国に相応しい者になって貰わなければな」

 来栖の頭の中は、とりあえずこの暗闇の野道に放り出されないのを祈る事でいっぱいだった。

 思い返せばあれから、2ヶ月の月日が経っている。

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勇者はハッピーエンドの為に旅をする 式根風座 @Fuuza_Readsy

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