【KAC20235】筋力値999の商人

眠好ヒルネ

筋力値999の商人


 この世界では職業を神から授かり、一生その職業に従事するならわしがありました。

 職業は15歳で決まるため、成人が15歳となっていました。

 15歳になるまでに様々な知識や技術を身につけ、どんな職業を授かっても良いようにするのが理想とされますが、親の職業に近いものを授かることが多いので、似たような知識や技術を得ることが慣習となっていました。

 ただ、まれに、イレギュラーが発生し、不幸なことに身に付けたものが役に立たない職業を授かることもありました。


 その街には名門の騎士爵家がありました。

 有能な王宮仕えの騎士を何人も輩出してきた貴族家でした。

 その家に先ごろ新たな男児が産まれました。

 現当主の三男で、リッターと名付けられました。ちなみにリッターは騎士という意味です。


 リッターは幼い頃から剣の扱いが上手く、中でも両手剣以上の重量剣の扱いに長けていました。

 というのも、彼は人より筋肉の発達が早かったのです。

 幼い頃から筋肉を鍛えていると大きくならないとか言いますが、彼はそんなことも無く、ムキムキと育っていきました。

 彼自身も力がつくのが楽しくなって、毎日毎日筋肉を鍛えまくっていました。


 そしてついにこの日がやってきます。職業を授かる日です。

 リッターは何処に出しても恥ずかしくない──むしろどこに投入されても一騎当千となるほどの騎士に仕上がっていました。

 家族総出で教会へと出かけ、お告げを見守ります。

 空から彼へと光が降り注ぎ、誰からも見える位置に置かれた水晶に、彼の職業が表示されました。


 『商人』と。


 阿鼻叫喚でした。

 誰もが信じられないものを見たと、夢ではないかと思いました。

 でも現実として、彼は商人と運命さだめられたのです。

 その日から彼の苦労は始まったのです。


 商人となってしまったリッターを、家族たちは口惜しく思いながらも、それでも彼の道を支えようとしました。

 名門の貴族家なので物を仕入れるつてはそれなりにありますので、まずは利益の見込める貴重品や高級品から初めてはどうかと、物を取り寄せてみました。

 しかしながら、リッターには貴重品や高級品はもろすぎたのです。華奢すぎたのです。

 彼の手にかかると、触れただけで崩れてしまいました。

 彼も努力して、力の限り・・・・丁寧かつ繊細に扱おうとしましたが、徒労に終わるだけでした。

 最終的で出来上がるのはゴミやガラクタだけでした。彼には貴重品や高級品の扱いは向いていませんでした。いえ、商人が向いていないことは明白でした。


 そして、リッターは筋肉に裏切られ続けました。

 力はあるのだから重量物なら向いているのではと思い、石材を使った商いに挑戦してみても、石を割砕いてしまい、売り物にならなくなってしまいました。

 墓石の販売だけ少し向いていることが分かりましたが、あまり需要がないので、墓石だけで商人は続けられませんでした。

 次に考えたのは金属です。騎士爵家ですので武具には精通しています。むしろ先にやるべきでしたが、ある懸念が簡単に予想されていたので、誰も薦めていないのでした。

 案の定、剣を折るし、鎧を凹ませるしで、ガラクタを量産していきました。

 彼の得意な重量剣類は向いていたのですが、そもそも使える人が殆どいないので、これも需要がなく諦めました。


 リッターは色々な物を扱いました。食料品、雑貨、家具、魔道具、衣料品、薬やポーションなどなど……どれも上手く行きませんでした。

 ただ、色んなことをしたことで、幾つか分かったこともありました。

 筋肉を使うことには長けていますので、どんな重い物でも運搬出来ましたし、どれだけの距離運んでも疲れませんでした。

 そして彼は気付いたのです。


 ゴミを作ってしまうのなら、最初からゴミを扱えば良いのではないかと。

 そこから彼は新たな道を歩みます。


 まず、騎士爵家で出る武具のゴミを貰いました。

 家の物というのもありますが、これはゴミなのでタダで引き取れます。

 訓練や戦闘時にぶつけ所が悪く曲がってしまった剣や、同じく凹んだ鎧などです。

 彼が持つと更に曲がってしまったり凹んだりしますが、持ち方を考えて、曲がった所が逆に曲がるように、凹んだところを逆につばくむように、持って扱ってみれば、あら不思議、一見治ったように見えます。

 実際には金属疲労で弱くなっているのですが、使えないものがまだ多少は使える物になったのです。重量バランスなどが悪くなってても、小指・・で小さな穴でも開ければバランスを取るのも容易でした。

 元手がタダ同然なので、壊れ掛けのものとしてとても安く売れば、駆け出し冒険者などには需要がありました。


 また、リッターはどれだけの量や距離を運んでも疲れません。馬二頭でくような大きな台車一杯に武具を積んで運んでも大丈夫なのです。

 ですので、彼は街の大きな施設──ギルドや町役場などを台車を曳いて歩いて周り、腐らないゴミを台車一杯に集めて周りました。

 そして、時には曲がっているものを筋肉で逆に曲げて真っ直ぐにし、時には細々こまごました石を筋肉で押し固めてレンガにしたり、穴の空いた鍋に別の金属を筋肉で押し込んで塞いだり……元々ゴミだったものなので、彼も気遣わず触れるようになったことで、逆に物を壊しにくくなりました。


 一度筋肉に裏切られたリッターでしたが、信じ続けて付き合うことで、筋肉と仲良く商売出来るようになったのでした。

 元手ほぼタダから売れる物を作り出せるので、彼の商売は長く長く続き、彼は筋肉と幸せに暮らすことが出来たのでした。


 めでたしめでたし

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20235】筋力値999の商人 眠好ヒルネ @hirune_nemusugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ