第7話 チーム新月

 四人が組むようになってから一週間ほどが過ぎていた。


 とある依頼からの帰り道、不意にみおから切り出された。


「ずっと気になってたんだけど、ジャンルカってさぁ」

「何だ? リーダー」

那海ナミさんとはどういう関係なの?」


 それこそ那海から聞いていないのかと尋ね返すと、ジャンルカに訊けとの返事。ならば、と渋々打ち明ける。


「昔の仲間だよ。知ってんだろ? アイツも元烈士だって」

「ただの仲間ってこと? それにしては距離感が近い気がするんですけど~?」

「ほうよねぇ。うちらの目はごまかされんけぇね」


 澪に便乗してラリッサも両脇を詰めて来る。ジャンルカは目配せしてけんに助けを求めるも、頭を横に振る素振りが返答を物語っていた。

 女子の好奇心からは逃れられない、と。


「何年か前……この国に来て、たまたま再会したんで、意気投合しただけだって」

「ほんまぁ?」

「ほんま! 第一、仲間がもう一人いたしな。イグナーツって竜人で……知ってるか? ドラゴンの角と尻尾が生えてる……」


 世界的にも希少な種族のはずだが、三人とも見知っているらしい。滞在中の〝ゆめみかん〟という宿に竜人の用心棒がいるとのことだ。


「イグナーツはオレたちのリーダーで、男っぷりも良くて、ナミとも〝いい感じ〟だったんだよ。だから今さらオレとどうこうなるような仲じゃあねぇっての。っつーわけでハイ、この話は終わり!」

「えー。何かはぐらかしてない?」


 澪はなおも不満を滲ませるが、ジャンルカとしてはこれ以上取り合う気はさらさらなかった。


「ない! それはそうと……」

「あ、話逸らした」

ちげぇっての。お前ら、チーム名とかないのか? 一緒に組むようになって結構経つんだろ?」


 手っ取り早く名前を売るなら、個人はもろちん集団でアピールするのも有効だろう。

 口うるさい先輩からのアドバイスであったが、素直な若者たちには思った以上にすんなりと聞き入れられた。


「それいいかも。早速決めちゃおっか。みんなはアイデアとかない?」

「はぁい!」


 採択に移るや、元気よくラリッサの手が挙がった。もう一方の手は、澪愛用のヒマワリの帯飾りを指差している。


「澪ちゃんリーダーじゃけぇ〝ひまわり組〟とか」

「幼稚園かっ!」


 思わずツッコむも、矢継ぎ早の回答。


「ほいじゃあ〝おお曽根そね組〟は?」

「ヤクザかよ! っつーか〝組〟から離れろって」


 ジャンルカが手を焼く傍らで、澪は最も信頼を寄せるパートナーへ案を振る。


「献慈は? 何かカッコいい名前考えて?」

「カッコいい……そうだな……〝メタル・ドラゴンズ〟ッ!!」

「ダッッッサぁあああ!!」

「えぇー……」


 あからさまに肩を落とす献慈を見て、初めて澪は失言を自覚した様子だった。


「ご、ごめんなさい。てっきり冗談かと……ほかにはない?」

「うーん…………〝ヘヴィ・メタラーズ・ユナイテッド〟ォオオ!!」

「…………」


 自信に満ちた献慈の顔と、表情筋の死んだ澪との対比が物悲しい。

 いたたまれなくなったジャンルカはひとまず切り上げを持ちかける。


「何も急いで決める必要はねぇだろ。一旦持ち帰って考えようぜ」

「ほーゆうジャンパイはアイデアとかないん?」


 ラリッサに問われ、ジャンルカは言い出しっぺである自分を顧みる。


「オレはシンプルなほうがいいと思うんだがなぁ……さっきのラリッサちゃんの方向性だって悪くはねぇはずだ」

「ひまわり……太陽とか?」

「そうだな、太陽だの、新星だの…………いや――」


 ジャンルカのひらめきは自然、澪が腰に差す刀へと向けられた。


「〝新月〟ってのはどうだ?」


 全員がはっと顔を見合わせる。答えはもう出ているに等しかった。




  *




 新月組しんげつぐみ結成からさらに二週間が経った現在、ジャンルカは生活拠点をここ〝ゆめみかん〟へと移していた。


 女将や料理長らとの仲もすでに親しい。気軽に台所を借りて、趣味と実益を兼ねたドルチェ作りができるのはいい気分転換だ。


(ちょっと多く作りすぎたな……ま、リーダーの分に盛っときゃいいか)


 粗熱の取れたパンナコッタを冷蔵庫に詰め、食堂を通って廊下へと出る。


 穏やかな昼下がり。玄関の方で、何やら女将とけんが話をしている。


「手紙届いてたヨ。多分オマエ宛てダ」

「多分って……あぁ、確かにこれは俺じゃないと読めませんね」


 二人に近づいて行ったジャンルカは、手紙の宛名が西洋の文字で書かれていることに気づく。


「何だ、ケンジも西洋むこうの出身だったのか?」

「ジャンルカさん……えっと、まぁ、何というか……」


 献慈の歯切れの悪さに、ジャンルカは首をひねる。

 そこへ助け舟を出したのは女将であった。


「まだ言ってなかったノカ。いい機会ダシ、おコタに入ってじっくり話したラどうダ? 仲間なんダロ?」


 提案を受け入れたジャンルカと献慈は、応接間へ場所を移して話を続けた。




 ジャンルカやみおたちが生まれ育ったこの世界トゥーラモンドとは別に、言い伝えではユードナシアと呼ばれる異世界が存在する。

 早い話が、けんはそこからやって来た人間だというのだ。


「いわゆるマレビトってやつか。オレも聞いたことがある。魔術とは違う異能の力が使えるらしいな」

「習ったことのない文字が読めるのも俺の異能の一つみたいです。だからこの手紙も――あぁ、やっぱりカミーユからだ」


 便箋をたどる献慈の目元に、旧友を懐かしむような笑みが浮かんだ。


「昔の女か? オレは修羅場に巻き込まれるのは御免だぜ?」


 無論、冷やかしだ。


「違いますって。一緒に旅をした仲間ですよ。俺や澪姉が苦しいときにいつも助けてくれた、大切な」


 言葉少なに語られた冒険のあらましは、ジャンルカの浮ついた心を沈ませるに充分すぎた。

 孤独な境遇までは自分も同じだが、過去を振り切り、二度も死線をくぐり抜け、愛を貫き通した男の姿は、それまでの何倍も大きく、眩しく感じられた。


(こんな男を相手に、オレは今まで能天気に兄貴面して、偉そうに先輩風吹かしてたってのかよ……ケッサクだぜ)


 自分が滑稽で、情けなかった。


「ジャンルカさん……?」

「……悪い。オレは……お前たちのこと、出世の道具みたいに扱っちまってたかもしれねぇ」


 顔をまともに見られなかった。

 それでも、返ってくる声はどこまでも清々しく。


「自分のことそんな悪し様に言わないでください。ジャンルカさんだってずっと一人で頑張ってきたんですよね? これからは俺たちも力になりますから、お互いに助け合いましょう」


 握り合わせた手がやけに熱い。きっとコタツに入り浸っていたせいだ。


「……ああ。よろしく頼むぜ、相棒」




  *  *  *




みお / けん / ジャンルカ / ラリッサ(新月組しんげつぐみバンドver.) イメージ画像

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