第6話 デキる男の出来レース

 宿酒場〝鯖豚さばとん〟は数年前からジャンルカの根城であった。

 烈士として世界各地を放浪し、この東洋の島国で幾度目かの再起を図ろうとした矢先、ここで再会してしまったのだ。


 たった今部屋に突入して来た、このネコ耳女と。


「ジャンルカ、昨夜ゆうべの作り置き、有効活用してみない?」

「いきなり何の話だよ!? っつーかナミ、いい加減ノックぐらいしろ! アレがナニしてたらどうするつもりだ!?」


 ジャンルカの慌てぶりを気にも留めず、那海ナミは話を進めた。


「三回も見れば慣れるし。そんなことより……」

「お前が慣れてもオレが…………え? 一回多くね?」

「いい話があるの。本気で人生やり直す気があるなら、よく聞いて」




  *




 あの後、那海ナミの誘いに乗った結果、ジャンルカはラウンジにいる。


 正面のソファに座る三人は、いずれも二回り近く年下の新米烈士だ。チームとして、一時的な雇われではない正式なメンバーを募集しているという。


 なるほど、安定した収入を望むジャンルカにとっては渡りに船だ。


「ホントにオレみたいなのでいいのか……?」

「べつによくはないけど」


 にべもない返事がリーダーの口から発せられた。和装にショールを羽織った見目麗しいご令嬢だが、なかなかに肝が据わっている。


「この場で即決しなくたっていいんですよ? 今日はたまたまいた二人を連れて来ただけなので」


 わざわざ念を押す那海は、一体どっちの味方なのか。

 他方、ファーコートを着た愛嬌あるギャルが、先ほどから那海とジャンルカを交互に見つめている。


「んー……でも見た目割とカッコええし、背高ぁし、長髪じゃけど清潔感もあるし、あと……みおちゃんもメガネ男子好きよね?」


 褒められて悪い気はしないが、リーダーの恋人だという地味な――いや素朴な少年の表情が芳しくない。


(おいおい、あからさまに落ち込んでんじゃねーか、少年! ギャル子ちゃんも『しまった!』みたいな顔すんじゃねーよ! 気まずいだろが!)


 自意識過剰とは思いつつも、面倒な三角関係に巻き込まれる前にフォローしておかねば、とジャンルカは考えた。


「これはホラ、ただの若作りだって。服はナミが用意したモン着ただけだし、男は結局中身よ? オレなんか万年燻ってるただのオッサンだから」

「あなた……本当に認められる気あるの?」


 那海がイカ耳を反らせて釘を刺す。もっともに思う。これではフォローというよりただの自虐だ。


「……と見せかけて、デキる男はとっておきのテクを隠してたりするんだわ」

「よろしい。――エヴァン、持って来て」


 那海の呼び声で、一度は退場したはずのゴージャス魔女が階下から舞い戻って来る。


「皆さぁん、昼食後のデザートはいかが?」


 これ見よがしに、エヴァンはトレイに被さったクローシュを外す。

 中から現れたのは、ジャンルカお手製のティラミスであった。


「ち……ちょこれーとぉおおお――――ッ!!」


 リーダーの咆哮がラウンジにこだまする。見開かれた瞳が一瞬にしてお菓子ドルチェに釘づけとなっていた。


 斯くして、代表者の胃袋を掴んだジャンルカが、めでたくチーム入りを果たしたのは言うまでもない。


(当て馬作戦から買収までやりやがるとは……抜け目のない女だぜ)


 旧知の二人は密かに視線を交わす――ティラミスを頬張るご令嬢のほくほく顔を見守りながら。




  *




 新たにジャンルカを加えた四人は、春を待たずして盛んに活動を始めていた。




 チームを率いるのはおお曽根そねみお。長い黒髪ととび色の瞳が凛々しくも麗しい、長身の姫武者だ。華のある外見と豪胆な人柄は、初対面の人間を否応なしに惹きつける。


「リーダー、あんたの強さを認めたうえで言わせてもらうが、伏兵と増援には常に注意しておこうぜ。メンバーの安全のためにな」

「そうだよね。ちゃんと言ってくれてありがとう、ジャンルカ。頼りにしてる」


 器の大きさもさることながら、新月しんげつ流剣術免許皆伝の腕前にも偽りはない。いざ戦闘となれば先陣を切って皆を勝利へと導く、名実ともにチームの柱であった。




 澪のパートナーである入山いりやまけんは、メンバーの中で一番年下の、穏やかな性格をした少年だ。卓越した視力と治癒術で仲間を援護する、縁の下の力持ちでもある。


「それじゃあ報告に行くが、交渉中はなるべく相手から視線を外さねぇようにしろよ。お前さんの人当たりの良さが裏目に出ちまうからな」

「ナメられないように、ですね。気をつけます」


 澪と同じイムガイ人に見えるが、実は訳あって遠くの国から移り住んで来たらしい。風来坊のジャンルカにとって、また同性としても親近感が湧く相手だった。




 二人の友人であるラリッサ・アルモニア・マシャドは、南国パタグレアからやって来た陽気なギャルだ。二丁斧を得物とする武術の腕はリーダーに勝るとも劣らない。


「魔物の素材は効率的に回収しようぜ。デカブツは自然分解まで余裕がある。後回しでも構わねぇからな」

「了解でっす! ジャンルカ先輩……言いにくいけぇ、ジャンパイでもええ?」

「んだそりゃ……」


 何事にも器用なラリッサは、戦闘以外でも頼りになる存在だ。人付き合いにも躊躇がなく、部外者のジャンルカを最初に受け入れてくれたのも彼女だった。




 三人とも新進気鋭の烈士で、界隈の注目度も高い。出世街道を進む彼らの助けとなれば、自ずとジャンルカの評価にもつながるはずだ。

 双方を引き合わせた張本人である那海ナミがそう考えたように。

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