第5話 オレたちの面接はこれからだ!

 ゆめみかんの玄関口。

 出発前の三人を、拳を両腰に当てた女将が真っ向睨みつける。


「オトモダチ……ジオゴの娘だったノカ。先に言ってオケ! ワタシ、無駄ニびっくりシタ!」

「ごめんな~。てっきりパパから話聞いとる思いよったけぇ」


 ラリッサともどもけんたちも、苦笑いで女将の怒りを牽制した。皆それぞれに「誰かが報告してるはず」と思い込んでいたわけだ。

 いまだ報連相が徹底できていない現実は、チーム活動を開始するにあたっての課題を三人に突きつけている。


「心配ダナー。新メンバー、しっかり者だとイイナー」

「…………。そう言われると、何とも……」

「オマエタチ、無事で帰って来てクレないとワタシ、悲シイ……」


 女将の沈んだ面持ちに胸が痛む。


「女将さん……」

「ジャナイと貴重な家賃収入なくなるカラナ!」

「ですよねー」




  *




 邪教〝冥遍めいへん〟が引き起こした魔物騒ぎから早二月が経つ。平穏を取り戻した古都の新市街へと出向く。


 旧市街とは趣を異にする、洋風のビルが立ち並んだ街並みも歩き慣れて久しい。烈士たちの集う宿酒場〝鯖豚さばとん〟もそんな中の一軒である。


 けんが入店するや否や、絵に描いたような荒くれ者がお出迎えする。


「おぅ、ヒョロガキ……こ、こんにちは」

「こんにちは」


 氷の微笑を浮かべたみおが顔を出すと、荒くれはすごすごと引き下がって行った。

 我らがリーダーにラリッサは感心の面持ちを向ける。


「澪ちゃん、ほんまに有名人なんねぇ」

「私がっていうか、元々お母さんが有名だったせいもあるから」


 凶悪な吸血鬼の手にかかり命を落とした剣豪〝太刀たちばなきみ〟の娘、先の邪教騒動の裏で仇討ちを果たした〝太刀たち花姫ばなひめおお曽根そねみおの名を知る者は少なくない。


「またまたぁ、そがぁに謙遜しちゃっ――」

「キミ、見ない顔だね。新人? ボクが丁寧にレクチャーしてあげよっかぁ?」


 急なボディタッチとともに、男がラリッサへと絡んで来た。その軽薄なにやけ面は次の瞬間、恐怖に染まる。


「どこに目ぇ付けとんじゃあ!! ぶち転がすど、おどりゃあ!!」

「がぐごご、ぎょめんゃさぃ……」


 献慈の方からはラリッサの表情は窺えないが、おおよその想像はつく。電動歯ブラシかというほど震え上がる人間を目の当たりにすれば。


「ごめん、ラリッサ。俺が周りに注意しておけば……」

「献慈くん気にすることないじゃろ。うちら自分の身は自分で守れるけぇ」

「そうそう。献慈こそ、絡まれたら私たちが何とかしてあげるから、安心して」


 「何とか」されるほうの身の安全を思うと逆に安心できないとは思いつつ、献慈は口をつぐんだ。


「あ、うん……とりあえず受付に行こうか」


 店内は二階が宿になっており、吹き抜けになった酒場を通路が取り囲む造りをしている。


 献慈たちは奥へと進み、〝烈士組合受付〟の札が掲げられたカウンターの前にたどり着く。

 先に受付係の女性から声をかけられた。


「あら。そちらの方は新顔ですね」


 銀灰のショートヘアがエレガントな、ネコ科の獣人。細いフレームの眼鏡とえん色のスーツが知的な雰囲気を醸し出している。


那海ナミさん、この子は前に話した友だちのラリッサね」

「ぶち綺麗なお姉さんじゃ~! はじめましてな~」


 ラリッサのハグがカウンターに阻まれる一方、那海はターコイズグリーンの瞳をぱちくりさせていた。


「距離近ぁ……さすがは澪さんのお友だち……」


 聞こえているのかいないのか、当の澪は気にせず話を進めている。


「那海さん、すごく頼りになるんだよ? 烈士の経験だってあるんだから」

「昔の話ですよ。君たちが産まれてすぐの頃には引退してます」


 獣人はヒトに比べて加齢が緩やかなため、外見より一回り以上は年かさだと思ったほうがいい。目の前の那海も実際、献慈たちの倍は生きているはずだ。

 年上の余裕は態度にも表れる。


「で、そんな頼りになるお姉さんに、今日は何の相談ですか?」

「簡単に言うと、仲間募集みたいな。それなりに仕事慣れしてて、戦いでも後ろを任せられる魔法使いとかだと戦力的に助かるかも」


 澪の話に耳を傾けながら、那海は二階へ視線を巡らせる。


「そんな感じの烈士ならちょうど二人……午後までには話をつけられますけど」

「さっすが那海さん! いいよね? 二人とも」


 リーダー判断に献慈とラリッサも異存はない。


「それでは、お昼でも食べながら待っててください。『さばとん定食』でよければ――はい、どうぞ」


 那海が差し出した食事券に、澪はぱっと目を輝かせた。




 昼食後、けんたちは宿のラウンジに集まっていた。

 ソファーで待つ三人のもとを、那海ナミが訪れる。


「お待たせしました。ではまず一人目から――エヴァン、出て来て」

「ハァイ」


 柱の陰から姿を現したのは、大柄でグラマラスな褐色エルフ魔女であった。

 堂々たる佇まいから発せられる、威勢のいい自己紹介。


「エントリーナンバー・一番、エヴァンゲリス! 得意技は重力魔術! ってなわけで、そこのボウヤ」

「俺ですか!?」

「アタシの球体が持つ巨大な重力が、今まさにアナタの視線を引き寄……」

「却下」

「ほうね。次の方どうぞ~」


 女性陣の反感を買い、速攻で落選した魔女は、しょんぼりと退場して行った。


「アタシの定番ジョークなのにぃ……」

(定番なのが問題なのでは……?)


 上手く擁護できない己の無力さを噛みしめる献慈であった。


 那海は咳払いを一つ、二人目の候補者を呼び寄せる。


「ん……続いて紹介するのは炎の魔術士、人呼んで〝聖痕顕れし者スティグマータ〟――」

(……! 何だか凄そうな異名だ……!)


 献慈の期待は膨らんだ。

 ところが、本人がなかなか現れてはくれない。


「……あら? どこ行ったんでしょうね――ジャンルカー! あなたの出番なんだけどー!?」


 那海が呼ばわる廊下の向こうから、慌ただしい声が返ってきた。


「ちょ、ちょっと早くねぇか!? まだ着替えが……はぐぅっ!」


 部屋のドアに足を挟んで転倒する男。よろよろと立ち上がったのも束の間、壁や柱にぶつかりながらこちらへ近づいて来る。


 献慈の期待は、たちまち不安で上書きされた。


「大丈夫ですか……?(二重の意味で)」

「お、おう……待たせたな。オレが〝聖痕顕れし者スティグマータ〟ことジャンルカ・グァルニエリだ。よろしくな」


 ずり下がった眼鏡をくいと上げ直す。肩の高さに結んだ赤毛と、ロングコートの似合う長身が印象的な、魔人族の男性だ。


 もうごまかしきれないと悟ったか、那海が渋々白状する。


「……と、こんな調子で知らず知らず体のあちこちに傷を浮かび上がらせるこの男、いつしか〝聖痕顕れし者スティグマータ〟と呼ばれるように……」


 リーダー・みおから無情な宣告が言い渡される。


「却下」

「待ってくれぇえええ!!」


 ジャンルカの闘いは始まったばかりだ。




  *  *  *




那海ナミ / エヴァンゲリス イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330667347485193

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