巨樹の精霊
感応力ありきの政治は国を歪める。
滅びの兆しは王の増長に明らか。兵士の剣に巫女が付与したとされる加護は偽りだとルクスース自身が理解している。戦士を鼓舞し、徒に死を促す。だから扇動なのだ。
戦果は上々にせよ、無敗は有り得ぬ話で、そうなれば感応力に頼りきりとなった中枢はどうなるか。
謎めいた力を取り扱うにあたり、為政者が慎重さを備え、運用への危険性に注目しない限り、功利的な道具としての立場を脱することは出来ない。ルクスース自身も然り、故に胎を使われたくないし、生まれくる生命にどのような言い訳も立つまい。
異能者としての重圧と環境とに屈して城から逃げ出したルクスースであるが、仮に巫女を辞めていいと許されたところで責任感の棘は抜けないだろう。真の苦悩は内的な問題で、疚しさの影からは逃れられぬのだ。
ルクスースは強く瞼を閉じた。行き詰まりの内面から意識を引き剥がし、オクノスのいる部屋へと向かう。
彼はシャツにベスト、タイを結んだ姿で肘掛椅子に腰掛けていることが多く、今朝も同じ姿でいて規則正しい。
相手が王子でなければ済むという話ではないのでオクノスと関係する気は無いが、ルクスースの体は勝手に緊張し、顔が火照る。努めて冷静たれ、と念じながら朝の挨拶に続けて手話で尋ねた。性交をする目的と利点は何ですか、と。
「契約のために」
オクノスは開いていた本に栞を挟み、傍らの円卓に置く。
「契約とは対等な立場にて合意に基づき行われるもの、そうだな?」
問われて、ルクスースは頷く。
「互いを知り、親しむために交尾は有効なはず。獣とて交わるが、集団の中から選り好みをするだろう。契約を望むなら働きかけねばならず、選ばれてこそ成立する」
至極真っ当だが、異形が人道を遵守することがルクスースには不思議だ。始まりからしてオクノスは友好を示して悪意は見られないので、彼の気質かとも推測する。
「だが、不成立でも構わんのだ。この世界は楽しい。愉快だ。お前を探して歩いたよ」
眉目秀麗なる青年の姿をしていながら、好々爺めいた落ち着きを以て、懐かしむようにオクノスは言う。
人の姿を模して間もなくは二足歩行を楽しむあまり、彼は岩場や山野を構わず歩いたという。三日三晩、無休で獣道を踏破すれば、体力の尽きることがない彼自身はともかくとして、人間に合わせて誂えられている衣服や靴は破損する。袖を通した紳士服、開閉の都度に触れるドアノブ、暮らしに密接する道具の全てがオクノスに人間の脆さを教えたのだ。
ルクスースがオクノスの足元を見るに、上質な革靴に傷みはなく、彼が人間流の生活様式に慣れたことを伺わせた。
「私は間もなく滅ぶだろう。動機というならば、それだ。延命だった」
オクノスの支配する世界は美しかった。巨樹に傷は見られなかったので、純白の世界で完成された姿か、枯死寸前の姿であったか、ルクスースには知りようがない。或いは彼が葉を備えた木ならば、弱っていると気付けたろうか。
どうすべきかわからぬまま、ルクスースがオクノスの閉じた本を見つめていると、彼は散歩に行こうと誘う。
昨日までは花々や木漏れ日を見上げ、森の空気を吸うことの開放感を感じられたが、この日ばかりはそれがない。手話を用いるルクスースの指先に森の影と陽の光が乗る。契約で助かるのですか、と尋ねた。
「存続はできよう」
ただ、と言うオクノスの白髪を微風が攫い、周囲の葉が囁く。
「私には人間が重視する自我や生存欲求の持ち合わせはない。私は大地のはじまりに在り、在るだけで意味を持つ。存続の手段があれば赴くが、結果は構わんのだ」
巨樹たるオクノスが枯死すれば、貴方の世界も滅ぶのでは、と娘は指先で問う。
「滅ぶなら滅ぶが良い。私の宿命よ、お前に出会えたのだから」
何故、もっと早くに説明をなさらないのかとルクスースは訴えた。
「私の消滅がお前にどう影響するのだ。お前を急かす理由は無い」
宿命の意味がようやく見えた気がした。オクノスは正しくルクスースの意思に自らの生死を委ねているのだ。
振り返れば、娘が目覚めてすぐに目的と立場とを彼は明かしていたのである。ルクスースが自らの苦悩にかかりきりで、深く知ることをせずにきたというだけで。
大いなる力を備えていながら人の世を学び、文化に馴染み、価値観に寄り添い、力を濫用せずに節度を保つオクノスは、同じく異能を備えたる巫女の目からして、異形でも人を惑わす魔でもない――巨樹の精霊。
この悪意なき存在により救われた命ならば、ルクスースもまた彼を救うのが筋ではないか。
弱ったルクスースの世話こそすれど、彼はどんな役割も求めなかった。王族の指針に不信を抱き、自己肯定感が底辺まで下がったルクスースを伴い、森を歩き、充実した横顔で話しかけ、声を重ねた。
ルクスースは彼の隣で草花を揺らす風や、降り注ぐ雨に打たれる心地を知り、自然に抱かれる安らぎを学んだ。草花の優しさだけではなく、地位や名誉から離れた場所で感じたことをそのまま手話で話し、オクノスが応えること。何の意義も無い会話の、なんとありふれた優しさだろう。人の世に居場所を見つけられずに死を願ったルクスースを、この精霊だけが現世に留めてくれたのだ。
「何を泣く」
ルクスースが顔を覆うのを見て、オクノスは笑う。微風が起こり、森の香りが強まる。人間を立ち寄らせない森がオクノスと一体となり、娘を慰めるかのようだった。
両者を引き合わせたのは超常の力であり、人格ではない。
契約成立後、感応力に影響はあるのか。巨樹の精霊は異界に去るのか。ルクスースは城へ戻るべきなのか。オクノスが達観しているならば、死んで欲しくないという未練はルクスースだけの感情であり、衝動だ。
二階の廊下に座り込み、手摺の隙間から一階で寛いでいるオクノスを見下ろす。思い切らぬうちに時間は過ぎていき、夜を迎えていた。
王城でも迷いのなかで巫女を務め続けた末に、王子の腕を嫌って逃れたのだ。決断せねばならない。だが最善が見えず、不安が強い。
抱えた膝に顔を埋めていると、足音がした。無音で近づく度にルクスースが驚くからと習慣づいた、精霊なりの配慮。
「お前はいつもこの頃には休む。どうした?」
ルクスースは休みます、と手話で語ろうとし、動きをとめた。それから、人との間に子を成せるのかと尋ねる。
「私は繁殖しない。個としてのみ在り、人間が重視するような縦軸の係累は無い」
求愛のためだけに性交渉の機能を備えたということか。逡巡の末、契約によりルクスース自身と異能に変化はあるかと尋ねる。死にたいと望んだほどだ、この感応力が失われるならルクスースには魅力的だが、自らの弱さのためにオクノスを利用する打算が生じまいかと、それが恐ろしい。
「何も変わらん。お前自身も、感応力も変わりなく使用可能だ」
契約すれば貴方は去るのか、とルクスースは重ねて問う。
「そうだ。私の目的はお前だけで、この世界に留まる理由は無いからな」
ルクスースは息を吐く。安堵と落胆、それから失意。精霊は契約のために人を模しているに過ぎず、恋しく想っているのはルクスースだけだ。理屈で承知していても、突きつけられると悲しい。
「座り込んでいるのは何故だ」
ルクスースの傍らにオクノスが跪く。どれだけの至近距離に佇んでも存在感が無い。動き回っていながらも、彼方を写し取った絵画のようなのだ。
ルクスースが異能の負い目なく過ごし、両手を自分の感情に従わせ、心を現し得た相手は彼だけ。オクノスが人でないからこそ、ルクスースは人に接するのとは異なる意識で関わり、自我を示すことが出来た。娘は細い指を震わせて尋ねる。死んでしまうの、と。
「もうじき」
オクノスは優しく認める。離別ならば遠い地で息災を祈ろうと割り切れたろうが、喪失は異なる。月と星々が夜空に現れないとすれば漆黒との区別がつかない。
民衆に向けて高らかに掲げた巫女と同じ指先を使い、ルクスースは寂しいと心を語り、契約を交わしたいと告げる。事は成ったかと心音が早まったが、意外にもオクノスは支度があるという。
「私の血で満たした杯が必要でな。お前の合意を得た後、儀式を調えばならぬ。まずは肌に傷がないかを調べる」
オクノスの手が娘の襟に触れ、ネグリジェの釦を外し始めた。仰天し、後ずさったことでルクスースは手摺で頭を強か打つ。
「痛ッ」
「発声出来ているな。肌に触れられると声が出るのか?」
後頭部を抑えているルクスースを見守りながら、オクノスが言う。羞恥と混乱が極まった時に悲鳴が出たのは確かである。
「手話で構わん、声は出る時にだけ話せばいい。自分で脱ぐか?」
介抱を受けたこともあり、オクノスがルクスースの体を見たことは承知している。しかし、自ら脱ぐとなれば襟にかけた指が動かない。ルクスースはオクノスの手を握ると寝室に引っ張りこみ、背を向けるように頼む。前面の釦を全て外せば布地が割れて裸体を晒せる。布を片手でかき寄せて、ルクスースはオクノスの背に触れた。
「手を退けろ」
振り返ったオクノスに言われると予測はしたが、最後の勇気が搾り出せない。
「退けろと言っているが?」
焦りも怒りもなく、通じていないという意味の繰り返しでオクノスは言ったようだが、ルクスースは相当に追い詰められていたので、手を離すと同時に羞恥が極まり、涙が零れた。
「傷がないか調べると言ったのだ。どうして血を流す」
珍しくオクノスが驚く。ルクスースが涙だけではなく、鼻血を零したからだ。オクノスの生死が懸かっているとなれば素肌を晒すに躊躇いはしないが、羞恥心は捨てきれない。ルクスースは緊張し、顎まで伝う血と涙を拭うことすら気が回らない。
「お前はそこへ座っていろ」
指示をして背を向けたオクノスをルクスースは引っ張る。腕を強く下方に引き、身を傾げるように全身で訴えかけた。行かないでくれという嘆願と、素肌を晒したからには思慕を理解してほしい欲求とが合わさり、屈んだオクノスに半ばぶらさがるような形でルクスースは男に口付ける。
「交尾の合図か? 後にしろ」
接吻の価値をまるで意識していないオクノスの返答に屈辱を感じ、ルクスースは両腕をより固く結び合わせて男の首にしがみつく。
「これでは手話が使えんだろう。ルクスース、ルクスース?」
強情な姿勢を見せたことでオクノスは面食らったらしく、離れない娘を片腕で支えて宥めにかかる。高身長の男が背筋を伸ばせばしがみつくルクスースの足裏が浮いた。彼は娘を支えたまま移動し、寝台に載せる。
「外傷がないのに、どうして鼻から血を流す?」
身を屈めたオクノスがルクスースの鼻を片手で擦り、指先を血で濡らす。血の赤を隔てた向う岸、金色に耀く精霊の双眸と娘の目線は等しい。
恋をしたとて自由にならない巫女の身体に、相手は異界の精霊。契約による延命が成されたとて人間のルクスースにオクノスを引き留める術は無く、愛されてもいないのだから、その後に去るか否かは彼の胸三寸で決まること。
感応力を役立てる代わりに城で暮らすことの意味を知るからには、オクノスに生きて欲しいと望んでも、そばに居てくれと契約の条件付けはしたくない。
それならば雌雄の結合だけでも遂げたいと願って、ルクスースはもう一度オクノスに唇を合わせた。男の両頬を掌で包み、涙と血で汚れながら不慣れな口付けを繰り返す。
オクノスの手がルクスースの背を支えて、顔の角度を傾けた。皮膚が触れ合い、男の舌がルクスースの口内に入り込む。他者と粘膜を合わせたのは二度目だ。望んでいても恐れが消えた訳ではない。唾液と舌とを繰り返し混ぜ合わせていると、ルクスースは息を切らすが呼吸を必要としないオクノスには乱れがない。
私だけなのだ、とルクスースは思う。緊張で汗を浮かせ、羞恥に血を流し、離別を予期して泣き、思慕の苦しさに鼓動を乱しているのは。
口付けの合間に息を吸い、無我夢中でいると男の手が素肌に触れた。嫌、とルクスースは悲鳴をあげてオクノスを突き飛ばす。
「違、違います。オクノス様」
水がないのに溺れるように喘いで、男のシャツを引く。
「もう暴れたりしないから……」
青ざめるルクスースを睥睨し、オクノスは自らの袖で娘の顔を強引に拭う。
「血が止まったな。でかしたぞ、ルクスース」
笑いかけ、シャツの生地で娘の顔を清めたのち、オクノスはルクスースの肩口に顔を伏せた。急所を晒す危機感と相俟って肌は鋭敏となり、衣擦れがしただけで震え、オクノスの髪が肌を擽る僅かなそよぎにすら全神経が集中する。接触面以上の刺激を受けて情報過多となり、ルクスースは唇を戦慄かせた。
オクノスの掌は熱くなく、冷たくもない。血は流れていても興奮を伴わない温度で娘の肩から腕を撫で、滑り落ちていく。
十九になるルクスースは顔立ちこそ幼げだが、肢体は成熟していた。乳房は豊満に実り、腰は折れそうに細い。
長髪を枕元に流して横たわったルクスースの顔を、オクノスが覗き込む。娘の寄せた眉が嫌悪か躊躇いか羞恥であるかを見極めるような静けさを保ち、触診のように柔肌に触れる。
傷が無いか肌を見るという当初の目的を彼は失っていないのだろう。オクノスの指の形を、手の平以外で知る。与えられる快楽の強弱に合わせてルクスースばかりが熱い吐息を零した。
足を踏み外せば夢見心地の悦びが悪夢に変じる危うさで、王子による負の印象がルクスースの内側に現れては立ち消える。緊張を和らげんと深呼吸を試みたところ、耳に吐息を吹き込まれて悲鳴をあげた。
「ひっ。ごめんなさい」
ルクスースはオクノスが中断を申し出るのではないかと恐れて彼の様子を伺う。
「話せているではないか、その調子だ」
オクノスは平時と変わらぬ暢気さで返す。彼はルクスースの葛藤や緊張にさして注意を払わなかったが、娘に唇を寄せて、痛みはないかと低い声で囁いた。
心と同じく体を開かねばと自己を叱咤し、ルクスースはオクノスの首へと両腕を絡ませる。男を引き寄せ、望んでいると示した。
「どこも痛くありません。……オクノス様」
やめないで、と涙声を漏らすと、分かったと応えがあり、鼻先が重なる。口付けと接触による歓喜の全てが腰の潤みへと直結した。
背中に手が滑り込み、ひっくり返されて俯せの姿勢となる。前面のみならず背中も確認するのかとルクスースが思考する一方、オクノスの指は下方よりルクスースの背筋をなぞり上げ、青い長髪を左右に割る。髪が流れてしまえば背中が顕となり、肩甲骨の浮いた白い肌に何かが触れた。
毛先の感触から、口付けられたとわかる。 精霊に、とルクスースは焦る。この清い存在に舌先を用いて愛撫されることは不遜に感じたのだ。
自重を支えるためにオクノスが片手をルクスースの顔の傍に置いているのだが、鼻血を拭ったせいで袖が赤い。申し訳なく感じながら染みを見つめるルクスースのうなじに呼気が触れる。
接吻の時に無かったオクノスの吐息が、ただ愛撫のためにルクスースの耳朶や首筋を掠めていっているのだと気づいて、娘は細腰を捻った。発火しそうに顔が熱く、またしても鼻血が出るのではないかと気が気でない。出ないで、と身体に願い、両腕を敷布と身体の下に敷きこんで耐える。
「気に入ったか? 雌と巣穴に篭れば、雄は傅く。お前が満足して何度も使いたい、そう思わせるために大きく、そして頑丈な寝台を誂えたのだ」
話しながら、オクノスは多種多様な愛撫で女の啜り泣きを引き出し、ルクスースは熱い汗を滲ませた。泣いてばかりで都度に手間を取らせるとルクスースが自責の淀みに攫われかけていると、縮こまる背中にオクノスが笑みを落とす。
「その脆弱さで、よくぞ生き延びた」
揺籃の如き静かなる森でオクノスと暮らし、幽鬼の如く曖昧であった自我に劣情と興奮、欲という血が通い、熱に浮かされるがままルクスースは彼の呼気を求める。
「貴方の吐く息が欲しいのです、オクノス様」
「息ならばしている。お前とこれほど近く、そして共に」
精霊は内側に風を起こし、呼気という僅かなそよぎを示す。ルクスースが敷布に皺を刻み、肌に髪を張り付かせる間、オクノスには汗すら浮かばず、律動によって乱れるものはひとつもなかった。
疲弊による深い眠りから意識が浮上した途端、ルクスースは飛び起きた。陽の光が天蓋を透かしており、室内は既に明るい。寝台にオクノスの姿がないことは眠らない彼の特性上、当然ではあるが、姿を見ずには気が安まらない。衣服に袖を通し、部屋履きを履いて急ぎ階下へと降りる。
「朝の身支度は済んだか? あまり活発には動くなよ、昨日のことがあるからな」
朝食の席を整えたオクノスが常と変わらず立っており、ルクスースは安堵の息を吐いた。
「オクノス様……あ、」
朝を迎えても声の出ることにルクスースは驚く。
「どうした」
「わたくし、声が戻りました……」
「そのようだ。昨夜も泣き喚いていたな」
「喚……」
いたたまれずに語尾が途切れたが、オクノスはルクスースの涙を疎んだことがない。顔を洗い、髪に櫛を通してから、オクノスが招く食卓に着いた。
「体力を消費したので、お前は精をつけねばなるまい」
朝には珍しく、量こそ多くは無いが肉料理が並んでいる。気遣いを受けてしまった、と思いながらルクスースは食器を手に取る。
「鴨の給餌はお済みですか? 本日は私が与える予定でしたが、寝過ごしてしまいました」
あの子が空腹でなければ良いが、と案じてルクスースが問えば、オクノスは配膳を指す。
「鴨ならばそこに」
今朝に捌いた、と彼は言う。ルクスースは意味を解することを遮断しかけたが、一瞬の、防衛ともいえる思考の空白でこそ、オクノスのしたことを理解する。
「……どうして?」
「新鮮な肉は貴重だ、手近だったのでな」
事態は理解できたが、飲み込み方がわからない。
椅子に座ったルクスースのスカートがひらめくと、襞の内側に潜り込むのが好きな鳥だった。嘴でつつかれたことなど一度もない。頭を撫でると黒い瞳を閉じることが信頼を表していて、野鳥の優しさと無垢さとを感じた。床を歩き回る足音は愛嬌があり、不安に駆られた神経の強ばりを解いてくれる。
食べることを摂理と呼んで構わないが、同居すれば捕食対象から外れるべきである。信頼関係があったればこそ、裏切ってはならないからだ。
目が覚めたら喪われていたのだから対策が無い。オクノスを憎む、怒ることで気を晴らすものではないが、理解の通し方と感情の置き場をルクスースは失い、目の前の皿に美しく盛り付けられた肉の、間違いなく鴨肉である色味や香りに指先が耐えきれず、細い指がナイフを取り落とす。嵐を嗅ぎとる獣のように、オクノスがルクスースを見た。
「やめておけ。お前の波紋は私に効かない」
娘を軸に海鳴りが響く。森と川を超えて人にだけ届く――感能力の暴発。
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